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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜3

<<   作成日時 : 2013/02/24 22:46   >>

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 もうちょっと甘い方が良いでしょうか?

 でも、薫子と千早がイチャイチャするのって難しいです。

**********



 寝る前のお茶の時間。

「……」
「あのう、薫子さん……そろそろ機嫌を直してもらえないでしょうか」


 千早が謙った云い方であたしの顔色を伺っている。が、あたしはその程度で許す心算は無いのだ。
 ……それにしても、このトリュフはホントに美味いな。外側をコーティングしていないガナッシュにココアパウダーを掛けただけの、一見すると手抜きをしているように感じるものだけど、その柔らかさからくる口溶けが逆に美味しく感じてしまう。
 それに比べてあたしの作ったチョコレートは、表面にツヤも無いし、ブルームと云う白い模様も付いてしまっている。つまりは失敗作だ。材料を無駄にしたくないなら、もう一度溶かして作り直せば良いのだけれど……。
 あたしは自分のチョコを手に取ると、型の折り目で細かく割った。

「ん」
「えっ?」


 そしてその失敗作を一粒摘むと、千早の口元へと差し出す。意味が分からずにキョトンとしている千早。……差し出してるんだから、食べてって意味だって分かるでしょうに。

「あたしがお茶菓子を作るって云ったよね?」
「え、はい。ですからその、申し訳ありませ――」
「それはもう良いから。食べて」
「……はい?」
「食べろ」


 ぐい、とそのまま千早の口にチョコを押し付ける。千早は仕方無いなって感じで口を開けたので、そのまま放り込んでやった。
 失敗作だって食べられないと云う訳じゃないのだ。あたしのオトメゴコロを傷付けた千早には丁度良いお仕置きだね。

「……薫子お姉さま。そこはやはり『あ〜ん』をしてさし上げるべきなのではないかと思うのですが」

 あたしは失敗作をもう一粒摘んで、妙なことを云う史ちゃんの口元に押し付ける。

「あ〜ん」
「いえ、史ではなくて千早さまに――」
「あ〜ん」
「いえ、ですから――」
「千早を止められなかった史ちゃんも同罪。あ〜ん」
「……あ〜」


 ふっ、押し切ったぜ。まあ誰が悪いかって云うのなら、千早にチョコを作らせた香織理さんが悪いんだろうけどさ。

「いえ、そもそも後片付けをきちんとしなかった薫子さんが一番悪い――」
「ああん!?」
「……何でもありません」
「うむ。よろしい」


 オトメゴコロの前では時に正論も意味をなさなくなるのだ。思い知ったか。
 結局その後、千早の作ったチョコはあたしが、あたしの作ったチョコは千早と史ちゃんが全て平らげた。
 え? 失敗作は溶かして使うんじゃ無かったのかって? あたしは、過去は振り返らないのさっ!



 ちょっと勿体無いと思いつつもチョコの余韻を紅茶で洗い流し、気になっていたことを千早に尋ねてみる。

「……で、だ。何であたしの作ったチョコは失敗だったのかな」
「過去は振り返らないんじゃ無かったんですか?」
「この先で失敗しない為の勉強だもん」


 何で呆れた顔をするかな。失礼だぞ?
 兎に角、一番の基本であるテンパリングで躓いているようじゃ、親爺を驚かすようなチョコを作るのは夢のまた夢だ。それはつまり、一人暮らしもまた夢になってしまうと云うこと。ちょっと癪ではあるけれど、千早に教えて請うて少しでも成功率を高めなければ。
 呆れている千早を説得する為に、取り合えず思い付いたことを云ってみる。

「ほら、千早だって、どうせ食べるなら美味しいものを食べたいでしょ?」
「……えっ」
「……えっ?」


 何でそこで赤くなるの、と云おうとして……自分の言葉が色々抜けていることに気が付いた。

「やっ、べ、別に千早にだってちゃんと上げるけどさ! 今考えなきゃいけないのは親爺に上げるチョコなんで、その、ほら、ねっ?」
「えっ、あっ、そうですか。そうですね。お父さんに上げるチョコなんですねっ!」
「……お二人とも、落ち着いて下さい」


 うっ、む……。いやまあ、史ちゃんの冷静さに助けられたかな。
 まだ顔が赤いのを自覚しながら、カップを顔の前に持ってきてその場を誤魔化す。あ〜、ビックリしたな、もう。

「しかし、薫子お姉さまは千早さまの為にチョコ作りをしておられたのでは無かったのですか?」
「そこで蒸し返さないでくれるかな、史ちゃんってば!」
「申し訳ございません」


 深呼吸だ、深呼吸。落ち着け。史ちゃんのペースに巻き込まれないようにしなくちゃ。

「あ〜……お父さんにチョコを上げると云うのは分かりましたが……手作りに拘る理由は何ですか? プレゼントするだけなら、作るときに僕が手伝いますけれど」

 あたしと同じくらいに赤くなっていた千早が、絞り出すような声で尋ねてきた。
 う〜ん、これは何て答えるべきかな。別に隠すほどの理由じゃないんだけど、千早に全部話すのは気が引けると云うか……実は見合いの話が有ったんだよ〜とか、ちょっと云いたくない。

「えっと……実は、家事が出来るところを見せないと一人暮らしは認められないって親爺に云われてさ」

 結局あたしが答えたのは、当たり障りの無いことだった。素直に全部話すと、もしかしたら焼餅を焼く千早とか見れたかもしれないけれど……逆に何でもないことのように振舞われると、あたしの方が傷付いちゃうもんね。

「家事が出来ることを示すのにチョコ作りなんですか?」
「史には、その二つの関係性が分かりません。どう云うことなのでしょう?」
「あ〜、えっとね。掃除や洗濯みたいな家事だと、実家に行って出来るところを示すのも変な話だったから。後は……その、何だ」
「何です?」


 どうしようかな。これも云うべきなのかな。良いや、云っちゃえ。

「あ〜……男を落とすのには、料理は上手くなくちゃいけないって話だったんだけどね。バレンタインが近いんだから、チョコを作ってみせろってことになって」
「……それを、お父さんが云ったんですか?」


 あ、千早が驚いてる。視線を動かすと、史ちゃんは言葉も無いと云った感じだ。
 そりゃまあ、娘の居る男親が『男を落とす為』に料理をさせるなんてこと、普通は思い付かないよね。TVドラマなんかでは『貴様に娘はやらん!』ってのが定番だけど、その逆だもんな。

「要するに、チョコが大事なんじゃなくて、親爺の前でちゃんと料理……と云うかお菓子作りだけど、それが出来ることを示すことが肝心なわけよ」
「なるほど、目の前で作らなくてはいけないということですか」


 軽く頷いた千早は何事かを考え始めた。あたしは史ちゃんに紅茶のお代わりをお願いした後、千早の代わりに失敗の原因を尋ねてみる。

「……そうですね、やはり温度変化ではないでしょうか」

 カップと一緒に出された言葉に首を傾げると、史ちゃんは丁寧に説明してくれた。
 テンパリングを失敗するのはチョコを溶かす温度、この場合は最後にちょっとだけ温度を上げるところだけど、それが上手く出来ていないからだそうだ。

「寮内の暖房は、薫子お姉さまもご存知の通りセントラルヒーティングです。そして、厨房は何か不具合が有った為か、ラジエーターが妙な位置に在りまして」
「ああ、そう云えば……」


 食堂は普通に暖房が有るので気にしていなかったな。そう云えば、厨房は全寮制じゃなくなった時に増築された場所だったっけ。
 そもそも厨房は換気扇などが有り気密が確りしていないから、暖かい空気が逃げる場所は幾らでも有ると史ちゃんは云う。

「その為に冬場は気温が低いので、温度管理が出来ていない厨房でのチョコ作りは、どうしても難しくなってしまいます。正確に温度を測ることと、ゆっくりと温度変化させることが大事ですから」
「む〜……そう云うもんなのか〜」
「史、それくらいで」
「はい」


 ようやっと再起動した千早が史ちゃんを止める。渇いた口を紅茶で湿らせてから、千早はあたしの方を向いて尋ねてきた。

「薫子さんのお家の厨房は、どんな感じなんですか?」
「え〜と、そうだな……上手く説明出来ないけど、寮の厨房よりは広いよ。家は元々大人数だし」
「……そう云えば、そうでしたね」


 千早が眉を寄せた。あたしが以前に語った実家を嫌いな理由とか、色々と思い出したのかもしれない。

「扱い慣れていない厨房で繊細なチョコ作りは大変だと思います。それに、広い厨房と云うことは寮の厨房と同じ問題も抱えているだろうし」

 ふむ、云われてみると思い出すことがある。昔、正月のカレー作りを手伝った時のことだ。
 二日目以降の、火の気が無くなった寒い厨房。そんな中、冷たくて硬くなったカレーを焦げ付かないようにひたすら掻き混ぜるのだ。
 寸胴鍋に一杯のカレーを掻き混ぜるアレは、かなりの肉体労働だったなあ。まあ、火の傍で掻き混ぜてるわけだから、身体は直ぐに温まるけどね。

「後、作る量が少ないと、当然ながら温度変化も早くなるから、却って難しくなったりもするかな。薫子さん、さっきのチョコの量ってどのくらいでしたか?」
「えっと、100gぐらいかな」


 大きい型に流すならまだしも、普通の板チョコみたいな型に流すなら、そんなに量はいらないかなって思ったんだよね。失敗するかもってビビッてないで、ドバッと大胆にやった方が良かったのか。

「ああ……もう少し量が有った方がやりやすいですね。もしかして、材料を全部使ってしまったんですか?」
「いや、材料は500gの袋を3つだけど」
「何でそう極端なんですか」


 呆れられてしまった……。
 いや、まあね? 自分だって買ってからちょっとだけ思ったんですよ? いくら練習の分も含めたからといって、チョコだけで1500gとか多過ぎかなって。(作者注:コンビニに有るような市販の板チョコは、一枚100円で55gくらい)

「まあ、それだけあれば練習する量としては十分でしょうから、頑張ってみましょうか」
「うん。……その、それでね?」


 えへっと笑いながらしなを作り、上目遣いになるようにして千早を見る。……って、コラ、苦笑いするんじゃないよ!

「……勉強の息抜きと云うことでなら、教えて上げます。ずっとチョコ作りをするのは駄目ですからね?」
「うん、まあ、勉強しなくちゃいけないのは分かってるけどね。あたしにとってはどっちも大事なんだしさ」


 ま、どっちにしても千早に頼るってことでは同じなのだ。手の内がばれてちゃ、千早にチョコを上げる時に驚いてはもらえないだろうけれど……まあ、それは仕方が無いよね。
 さて、お茶もを飲み終わったしそろそろ部屋に戻ろうか。
 千早と史ちゃんにご馳走さまを云って椅子から立ち上がると、史ちゃんが思い出したかのように手を打った。

「みなさまにも協力して頂きましょう。毎晩のように試作のチョコレートを食べていては、些か問題が有るかと思いますので」
「うっ、そう云えば」


 チョコは非常食にもなるぐらいカロリーが高い。そんなものを毎日寝る前に食べていたりしたら、体重は増えるわニキビなんかも出来るわで大変なことになってしまう!
 女の子の振りをしている千早もまた、そう云うのは遠慮したかったようで。あたしたちの作るチョコは、みんなに均等に分けられることに決定したのだった。



「取り合えず、千早に教えてもらえるのなら、チョコ作りの方も何とかなりそうかな」

 ベッドに転がって天井を見ながら、誰に聞かせるでもなく呟く。あっと、そう云えば親爺の味の好みを聞いておかなきゃいけなかったっけ。
 枕元に置いた携帯電話に手を伸ばして、登録してある順一さんへと電話する。一回、二回と呼び出しがなった後で、順一さんの声が聞こえてきた。

「もしもし、お嬢ですかい?」
「うん、こんばんは。もう遅いけど、大丈夫?」
「えぇ、後は寝るだけなんで」


 そりゃ良かった。まあ、順一さんは大抵の場合、あたしの方を優先してくれるんだけどね。ふと、彼女とか居ないのか気になってしまった。……いや、今はその話は関係無いね。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……親爺って、何か味の好みとかってある?」
「味の好み? ……さて、どうだったかな。好き嫌いは無かった筈ですが」
「そっか……いや、チョコの味をどうしようかってね」
「ああ、そう云うことですか。甘いもんに関しちゃ殆ど分からんですな。酒を飲むときにチョコを摘んでるのを見たことは有りますが……」


 むう、それは困った。それならいっそのこと、酒のツマミになるようなチョこの方が良いのかな?

「ところで、そのお酒って洋酒? 日本酒?」
「俺ら身内で飲むときは日本酒ですぜ。そっちの方が好きなんだとは思いますけどね。……そう考えると、甘い方が好きかもしれねえな」
「日本酒か……うん、ありがとう。取り合えずそっちの方に合わせて作ってみるよ」
「そうですかい? あんまり力になれなくて済みません」
「ううん。じゃ、お休み」
「はい、お休みなさい」


 軽くお礼を云ってから電話を切る。あたしには酒の味なんて分かる筈も無いけれど、千早に聞けば色々と分かるかもしれない。忘れないうちにメモしておかなくちゃ。





 そして、次の日の夜。
 みんなの夕食が終わって寮母さんが帰った後、あたしたちはチョコ作りの練習を始める。みんなは未だ食堂の方でTVを見ていたりするので、あたしたちが何をするのかは丸分かりだろう。

「それじゃ千早、お願いします」
「はい。ところで、何から作ります?」
「えっと……そうだ、昨日作ってた生チョコのトリュフにしよう」


 アレは美味しかったもんね。千早が傍に居るなら失敗もしないだろうし。
 取り敢えずは自分一人で作業する為、千早に指示されて材料の用意から始める。生クリームとチョコの分量を確りと量って……そうだ。

「ねぇ千早、チョコと日本酒って合うのかな?」
「種類によりますけど、相性は良いですよ。日本酒を入れるレシピも有るし」
「このトリュフにはどう?」
「……リキュールの代わりに使ってみますか」


 千早は暫く考えてからそう云うと、料理酒を戸棚から取り出してきた。……今更な話だけど、未成年が酒を取り扱っても平気な寮ってのも凄い話だよね。それが料理の為であってもさ。

「では、先ずは生クリームを沸騰させるところから。チョコはボウルに入れて溶かす準備をしておいて」
「うん」


 電気ポットから湯煎用の鍋にお湯を入れて、50℃くらいになるまで調整する。次に定量のチョコを小さめのボウルに入れてから、生クリームを入れた鍋をコンロに乗せて火を点けた。元々がそれほど多い量でもないので、直ぐに温まってくる。

「沸騰したら、生クリームをチョコ全体に掛かるように入れて下さい。ヘラで綺麗に鍋を掬うこと。焦らなくても大丈夫だから」

 そ、そう云われてもな……なるべく丁寧に、ゴムヘラで鍋を綺麗にすくって、生クリームを残らずボウルの中に入れる。チョコがじんわり溶けているのを見たあたしは、そのままゴムヘラでゆっくりと掻き混ぜ始めた。

「早く掻き混ぜると、温度が冷えやすくなってチョコがダマになりやすいから、ゆっくり丁寧に」

 焦らずに丁寧にっ……と。途中で冷めてきたので湯煎用の鍋の上にボウルを移して、チョコを練り続ける。馴染んだ頃を見計らって日本酒を小さじで二杯入れて、もう一度掻き混ぜる。

「ボウルの底から掬うようにして、全体に混ざるようにして。……上手ですよ」
「え、そう?」


 ここで目線を移すと怒られるけど、褒められてニヤッとしてしまうのは仕方が無いよね。気を引き締め直してボウルを抱えると、今度は冷やす為に水の入った鍋へと移す。ここでトロッとするまで冷ましてから、一口サイズに丸めると云う訳だ。

「わわっ、なんか分離したみたいになってきたけど……」
「大丈夫です。温度差の関係で分離したように見えるけど、掻き混ぜ続けると滑らかになるから」


 あ、本当だ。ちょっと焦ったけど、だんだんと滑らかになってきた。ツヤも出てきたし、良い感じになってきたみたい。

「中に空気を含んでフワッとした感じのチョコペーストになるから、後はそれを一口サイズにしてラップに包み、冷蔵庫で冷やせばOK」
「なるほど……よし、これで良いかな」


 チョコを掻き混ぜる手を止めて、さっきお酒を入れるのに使った小さじでラップの上に一口分ずつ分けていく。20個ほども包んでから、ステンレスのパッドの上に乗せて冷蔵庫へしまった。

「ふ〜、これで一息吐いた〜」
「作業しやすいくらいまで冷えて固まるまで、大体三十分です。それまで休憩」
「は〜い」


 いやはや、思ったよりも簡単だったね。チョコは分離しなかったし、ツヤも有ったから問題ないだろうし。
 ふとボウルに目を移すと、小さじで掬いきれなかったチョコが薄い膜になって固まっていた。こういうの、気になっちゃうのが貧乏性なのよね。
 ついっと指で表面を撫でるとチョコが溶けて付いてきたので、軽く一舐めした。うむ、良い味だ。

「薫子さん、はしたないですよ」
「いいじゃん、勿体無いし。ほら、千早も」
「えっ?」


 あたしは指でもう一掬いすると、千早の方に突き出した。千早はあたしと指先を交互に眺めてから、ポツリと一言。

「僕が舐めるんですか?」

 ……あっ。な、なにやってんだあたしってば!?

「……ん」
「ふひっ!?」


 やっぱり今の無しと云おうとしたのに、千早はあたしの手を両手で握ったかと思うと、そのまま素早く指先を舐めた。指先のこそばゆい感覚に背筋がビリッと震えて、妙な声が出てしまった。

「悪くは無いですね」
「……っ。お、女の子の指を舐めてその感想は、ちょっとスケベだ」


 大体その指は、さっきあたしが舐めた指だぞ!
 あたしは顔が急激に赤くなっていくのを自覚しながら、同じように赤くなっている千早から目を逸らす……と。

「……あ」
「……」
「ふ、史!? いつから見てたの!?」


 ……食堂と厨房の境目、柱の陰になるところに史ちゃんが居た。身体を半分だけ出して、どこと無くジトッとした目であたしたちを見ている。

「どうか、お気になさらず。史はTVを見ているみなさまの為に、お茶の用意をしようとしていただけですので。そのままお続け下さい」
「いや、続けろって云われても……」
「史ちゃん、どうかしたんですか?」


 あたしたちが戸惑っている間に、今度は初音が顔を覗かせる。

「な、何でもないよ、何でもない。もう直ぐチョコが出来るからもうちょっと待っててね」
「えっ、もう出来るの? それじゃ、楽しみにしてますね」


 初音は嬉しそうに笑ってから食堂の方に戻っていった。危なかった、これが香織理さんや沙世子さんなら、絶対に何か云われてたな。
 ふと気が付くと、史ちゃんはいつの間にかコンロの前に移動して、火を点けた薬缶をじっと見ていた。こっちに目を合わせようとしない辺りが何となく怖い。結局気拙い空気のままで、チョコを冷蔵庫から取り出すまでの時間を過ごしたのだった……。



 冷蔵庫から取り出したチョコは、ラップを剥がしてから手の熱で表面を溶かして形を丸くする。柔らかいガナッシュだから簡単に形が崩れるので、子供の頃の粘土細工のようにグリグリと撫で回してはいけない。丁寧に素早く丸めるのがコツらしい。
 そうして形を丸くしたものを、ココアパウダーを入れたパッドの中に転がして全体を塗せばトリュフの完成だ。
 本当は、ガナッシュの外側にチョコレートでコーティングするのが一般的だけど、今は練習だから手抜きトリュフと云うことで。

「みんなお待たせ〜。出来たよ〜」

 食堂でTVを見ながら試作品を待っていたみんなが、あたしが食卓に置いたパッドの中を覗き込んだ。お皿に盛り付けるのが面倒と云うか、そこまで堅苦しいものじゃないんだし、各自で適当に取ると云うことで。

「どれどれ〜。昨日は結局薫子お姉さまに全部持っていかれちゃいましたからね〜」
「ちゃんと形になっているわね」
「ちょっと沙世子さん、いくらなんでもそこまでの大失敗はしないよ」


 陽向ちゃんが早速とばかりに左右から形を確かめ始めた。続けて云う沙世子さんに文句を返すと、苦笑交じりに手で謝ってくる。以前だったらこんなイヤミも出てこないだろうから、これはこれで仲良くなったと云えるのかもしれないけれど。
 史ちゃんの淹れたお茶がみんなに行き渡ると、先ずは自分から出来栄えを確認しろと云うことで、あたしが最初の一個を頂くことになった。
 フォークで適当な一個を刺して、パウダーを軽く落としてから口の中に入れる。……うむ!

「ばっちり!」

 ビッと親指を立てると何故かみんなから拍手が起こった。でも、自画自賛だけどちゃんと美味しく出来てるよ。日本酒もそんなに鼻に付かない。
 あたしに続けとばかりに、みんなが一斉に手を伸ばす。……あれ、もしかしてあたし、毒見役みたいなものだった?

「美味しい……大成功だね、薫子ちゃん」
「そうね。昨日、千早が作ったものと変わらないわ」
「そう? みんなにも好評で良かったよ」


 みんなが美味しそうに食べてるのを見ると、あたしも何となく嬉しくなる。みんなの後に手を伸ばした千早がトリュフを口の中に入れ、あたしを見て軽く頷いた。どうやら先生の合格も貰えたみたいだ。
 軽くガッツポーズをして見せると、薄らと微笑んでくれた。……みんなに美味しいって云ってもらえる嬉しさってのは結構良いものだね。

「これ、香り付けは日本酒よね?」

 そう尋ねるのは、匂いに敏感な香織理さん。とは云え、あたしにだって分かるぐらいの匂いなんだから、みんなだって分かってるだろう。

「親爺は日本酒を飲むみたいだから、それに合わせてと思ってね。どう?」
「私は特に問題無いけれど、みんなは?」


 みんなに目を向けると、首を振って問題無いと示してくれた。優雨ちゃんが大丈夫なら、お酒の量が多いってことは無いだろう。
 まあ、お菓子作りの経験が無いのだから、どのくらいのお酒を入れると失敗になるのか分からないんだけどさ。ウィスキーボンボンみたいなのでも良いのか、酒蒸し饅頭ぐらいの方が良いのか……。

「今は練習だから料理酒で済ませたけれど、飲むお酒の種類が分かれば、それに合わせたものに変えても良いと思います」
「そう云うものなの?」


 首を傾げるあたしに対し、生真面目な表情になった千早は深く頷いた。

「味のバランスは繊細なんですよ。まあ、薫子さんの作ったチョコを、その場でお酒を飲みながら食べるなんてことは無いと思いますけれどね」
「ああ……うん、流石にそれは無いかな」


 親爺があたしの前で酒を飲んでるのなんて見たこと無いもん。いや、それ以前に、情けない姿を見たことも無いんだよな。この間のぎっくり腰が始めてだ。
 ……もしかして親爺、格好付けてたのかな? ん……と云うことは、もしかして順一さんは……。





 そして、テスト勉強が終わった後のお茶の時間。

「――で、あたしが頭をそれなりに捻った結果、あたしと親爺が打ち解けられるように、順一さんが手を尽くしてくれたんじゃないかと思った訳ですよ」
「……僕は直接にその順一さんと会ったことが無いので、それが正解かどうかは分かりかねますが……薫子さんがお兄さんと慕うほどの人なら、そう間違ってはいないと思いますよ」


 あたしの話しを黙って聞いていた千早は、そう云ってからお茶を啜った。何だろう、ちょっと寂しそうだ。千早の傍で静かにしている史ちゃんに視線を移すと、史ちゃんは軽く目を伏せて首を振った。

「その……千早?」
「え? ああ、いえ。結果がどちらに転んでも仲直りの切っ掛けになるだろう、くらいのことは考えてもおかしく無いと思いますよ」
「いや、そうじゃなくて……まあ、うん」


 千早の妙な態度に釣られて曖昧な返事になってしまった。
 いや、云いたいことは分かってるよ。そもそも、ここ何年かは親爺と直接顔を合わせて話す機会が殆ど無かったんだ。目の前でチョコを作って渡すとなれば、話ぐらいは普通にするからね。このまま曖昧に済ます訳にはいかないし、良い切っ掛けだとは思うんだよ、うん。

「それに、話を聞いてからずっと気になっていたんですが……」
「ん? 何か変なところでも有る?」
「変と云うか、普通は考えて当然のことが抜けていると思って」


 何だろう。あたしには特におかしいところが有るとは思えないけれど。……くっ、何で分からないのかって顔をしないでよ!

「いえ、だって……一人暮らしは駄目、実家に戻るのも駄目。なら、友だちと一緒に部屋を借りるのは駄目なんですか?」
「え……あっ!?」


 そうだよ! 別に一人暮らしじゃなくたって構わないじゃん! 奏お姉さまだって響姫さんとルームシェアしてるんだし。

「そっちに意識が向かないように話題の方向を調整しているのかな、と云う感じがしたので、ね」
「あ〜……あたしってば、二重の意味で上手く乗せられた訳だ……」


 二人暮らし、ねえ……。

「……」
「どうしました、薫子さん」


 ……うん。流石にそれはちょっと早いよね。あはははは……。大体、千早は……留学しちゃうんだしさ。


**********

 次回は幕間。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 AーOーTAKE様、今晩は。
糖分過多予定とのことでしたが、ビターチョコでした。(^。^;)真面目な2人では仕方無いかも。
 初音たちの乱入が在れば燃えるかも(収拾難ですが爆)
ともあれ、打倒親父、ついでに悩殺千早を楽しみにしております。
ヨシハ
2013/03/03 22:26
ヨシハさま、こんばんは。

そうですね……本編ではあんまりイチャイチャさせなかったので、どの辺りが良いのか匙加減が難しくて、結局あの程度で落ち着くことになりました。
とは言え、この話の千早は「据え膳は頂く」タイプの性格なので(原作でもそんな感じですが)、何か有ればもうちょっと甘くなるかも?

>悩殺千早
千早が薫子を悩殺します(笑)

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/03/04 21:24
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