A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜4

<<   作成日時 : 2013/03/07 23:08   >>

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 史の言葉遣いが……

 だって普段は丁寧な言葉なんて使わないんだもん(泣)



**********




 薫子と千早がチョコ作りの練習を始めてから数日の後のこと。

 テスト前の部活動停止期間に入ると、放課後の学院内はとても静かになる。家に帰って勉強する者と、学院に残って勉強する者の比率は半々ぐらいだろうか。生徒会室の留守番をしていて独りぼっちの初音は、書類を捲る手を止めてそんなことを考えていた。
 いつもは聞こえている喧騒が聞こえないというのは、やはり落ち着かないものだ。生徒たちの笑い声を聞くのが好きな初音としては、物音のしない生徒会室は寂し過ぎる。
 茶でも飲んで一息入れようかと初音が席を立ったとき、タイミング良く生徒会室の扉が開いた。

「ただいま。搬入作業は無事に終わったわよ」
「あ〜、疲れましたねぇ」
「全く、最近はこの手の雑用が多いな……」


 凝った肩を解すかのように首を回しながら室内に入ってきたのは、部活動で使われる資材の搬入を受け持った沙世子だった。ぶつぶつと愚痴を云うのは、沙世子に付き合って雑用をしていたさくらと耶也子である。

「あ、みんなお帰りなさい。今、お茶を淹れますね」
「いいわよ、気を使わなくても」
「ううん、私も丁度飲みたかったから」


 沙世子の言葉に対して笑顔で首を振り、外は寒かったでしょうと云いながら紙コップに紅茶を淹れていく初音。淹れてしまったものを断るのも悪いと、沙世子は苦笑するに留めた。
 三人が紅茶を受け取って一口啜るのを待ってから、初音もまた紅茶に口を付ける。おやつが欲しくなるなあ、と何気無く思った初音は、ふと連想されたことを口に出した。

「そろそろバレンタインだけど、一年と二年の様子はどうかな、二人とも」
「ん〜……テスト勉強の合間に盛り上がっているみたいですねぇ」
「どちらのお姉さまに上げるか、両方に上げるか、そんなことを云っていたかな」


 さくらと耶也子がそれぞれ答えると、その内容に初音と沙世子は僅かに眉を顰めた。

「予想通りかな、沙世ちゃん」
「そうね。まあ、エルダーが二人と云う時点で、諦めていたことではあるけれど」
「何の話ですか?」


 言葉の意味が分からなかった耶也子が声を上げる。毎年問題になることだけど、と前置きした初音が、沙世子と顔を見合わせてから言葉を続けた。

「チョコレートをプレゼントするのは良いんだけど、やり過ぎちゃう人ってやっぱり出るの……主に値段的な問題でね」
「はあ、値段ですか」
「流石に宝石入りのチョコとか、そう云うものは流石に無いみたいだけど……去年の奏お姉さまの時も、二万円とか三万円とか、それくらいの物が有ったみたいだし」


 意味を捉えきれない耶也子に初音が説明をする。
 耶也子も聖應に通う生徒である以上はそれなりの資産家であり、高級チョコレートの類も食べることはある。自分の小遣いと照らし合わせてみれば、例えば一箱二万円くらいのチョコをプレゼントするのは大変だろう。
 ……実際のところ、値段が上がってもその分だけ美味しくなるかどうかは怪しいのだか。

「おメダイの時のことを考えると、あんまり予算が必要になるものは自粛してもらうべきかなって、沙世ちゃんと話しててね」
「相手が一人ならまだしも、二人に渡すとなると単純に倍になるものね」


 紅茶を飲みながら溜め息を零す初音と沙世子。渡す方の気持ちも分からなくはないが、値段の高さと気持ちの大きさはイコールでは無いと指導するべきか迷っていた。

「でもですねぇ、値段の制限を生徒会が告知するのも、生々しすぎやしませんかネエ」
「まあ、さくらの云う通りよね」


 少なくてもみんなを興醒めさせることは確かだろう、と沙世子が呟く。別に生徒会主導と云う訳ではないが、年度最後のイベントなのだから自由にさせたいと云う気持ちも有るのだ。

「金額よりも気持ちが大事、手作りを推奨するってのはどうでしょう?」
「それ、どんなものが作られるか不安じゃない? 黒魔術よろしく自分の血が入ってたりとか」
「こ、怖いこと云わないでよ沙世ちゃ〜ん」


 想像してしまったのか、肩を震わせて縮こまる初音。可能性が無いとは云えないのが厄介なのだ。ちなみに、奏に渡されたチョコの三分の一は手作りだった。

「まあ、既製品の方が安心出来るのは確かよね。お裾分けも出来るし」
「ああ、エルダーの出たクラスのお約束でしたっけ。私も来年は御前と同じクラスになれると良いなぁ」
「今から来年のことを云ってどうする」


 うへへ、と妙な笑い声を上げるさくらに突っ込みを入れる耶也子。雅楽乃以外のエルダー候補は現時点では居ないものの、今年のように飛び入りが入る例もある。取らぬ狸の皮算用と云ったところか。

「そう云えば、会長も副会長もそれなりに貰いますよね。お裾分け下さいなっ」
「何でつっちーに上げなくちゃいけないんだ」
「えっ? いや、ややぴょんにはお願いしてないのだけれども」


 首を傾げるさくら。耶也子としては、沙世子に上げたチョコがそのままさくらの手に渡ったりしないようにと云う意味を籠めての言葉だった。
 一年を共に過ごした耶也子の気持ちをそれなりに知っている沙世子は、苦笑交じりにさくらに釘を刺しておくことにした。

「私は貰うの少ないだろうから上げないわ。さくら、欲しいのなら初音から貰いなさい。その方がダイエットにもなるだろうし」
「はうっ! ……うう、でも、みんなから貰った気持ちは大事にしないと……」
「みんなの気持ちが贅肉に変わらなければ良いけどね?」
「さ、沙世ちゃんの意地悪〜!」
「ま、冗談はこのぐらいにして、と」


 沙世子は涙目になって唇を尖らせる初音を宥めながら、紙コップをくしゃりと潰してゴミ箱に放った。休憩は終わりとだと云うその態度に、残りの三人も紅茶を飲み干す。

「一年と二年は生徒の自主性に任せましょ。三年生と触れ合える機会もあと少しなんだしね。ただ、同じ三年生には自粛してもらいたいところね」

 何か良い案は有るか、と初音を見る沙世子。初音は腕を組んで暫く唸ってから、急に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「一つアイデアが有るんだけど……明日、いつもの場所で会議しましょうか」

 さくらと耶也子は具体的ではない言葉に首を傾げるが、沙世子はピクリと片眉を上げただけで、云い掛けた文句を飲み込んだ。変わりに呟いたのは、今の時期の倉庫はきっと寒いわよねと云う諦めの混じったものだった。





 そして、翌日の昼休み。

「……やっぱり寒いわ」
「何か云った、沙世ちゃん?」
「なんでもない」


 裸電球一個しかぶら下がっていない、薄暗い倉庫の中。本校舎中央階段の一階部分の裏に有る、半地下の倉庫である。生徒会の古い書類など、普段は使うことの無いものが壁際に並んでいる。
 部屋の中央に置いてある年代物の木の机の周囲には、初音を始めとした十数人の生徒が集まっていた。

「オホン。さて、同士諸君。これより第112期生、七回目の会合を始める」

 初音が真面目ぶった宣言をしてから、その場に集った面々を見る。
 呼び出されているのは三年各クラスの受付嬢と、香織理、茉清、そして一人だけ二年生のさくらである。噂では聞いていたものの実際に呼び出されたのは始めてと云う生徒も何人か居るが、そんな生徒は何故か嬉しげな顔をしていた。

「お昼休みの忙しい時間に呼び出してごめんなさい。今日は、バレンタインの日のことでみんなにお願いが有って集まってもらいました」

 最初の引き締まった顔はどこへやら。初音は丁寧に頭を下げると、懐から一冊の小雑誌を取り出して机の上に置いた。
 みんなの視線はその小雑誌に集まるが、初音はそれを開かずに表紙に手を乗せる。そして、生徒たちをもう一度見回してから静かに口を開いた。

「今年はエルダーのお姉さまが二人と云うことも有って、例年よりもチョコレートの数が増えると思われます。一年生や二年生は、普段はお姉さま方と接触する機会も少ないので特に規制はしませんが、三年生のみなさんには多少の自粛をお願いしたいと思っています」

 一息に最後まで云った初音は、言葉の意味を理解して囁き始めた一同を静かに見守る。受付嬢が互いの顔を見合わせて伺う中、香織理がそっと手を上げた。

「ねえ、司令官」
「はい、何でしょう」
「それは勿論、代替する何かを考えていると云うことよね?」


 司令官と云われて嬉しそうにした初音は、良くぞ聞いてくれましたと頷いてから、もったいぶっていた小雑誌を開いた。それはどうやらアルバムだったらしく、聖應の生徒たちを撮った写真が何枚か貼られている。
 一同が見守る中で初音がページを捲っていくと、一枚だけ妙な写真が現れた。それはケーキが六段重ねられたウエディングケーキのようなもので、色からするとチョコレートケーキらしい。しかし――

「……何で背景が教室なのかしら」
「……これってもしかして……」


 囁き声が大きくなる中、芝居がかった様子で言葉を溜めた初音が口を開く。

「知ってる人も居るみたいですね。そう、これが……第72代エルダー、宮小路瑞穂さまの為に作られたバレンタインケーキ。通称『伝説のケーキ』です」
「やっぱり……!」
「話には聞いていましたけれど、見るのは初めてです」
「……すごく……おおきいです……」


 驚きを口にする一同を見てから、初音は手を叩いて注目を集める。ここまで来れば勘の良い何人かは気が付いているだろうが、きちんと最後まで説明しなくてはいけない。

「正式名称は『最終決戦ケーキ』。瑞穂さまの親友である御門まりやさまが発案しました。今回、個人でチョコレートを渡さない三年生の中から有志を募って、これを再現しようと思います」

 驚いた者、楽しそうに笑った者、反応は様々だ。しかし、実例が有れば自分たちも真似しようと思うのは不自然ではないだろう。
 特に、聖應の生徒は最初の一人が動くとみんなが続く傾向がある。それが良いことであれ悪いことであれ、案外と悪乗りしやすいのだ。

「決して強制する訳ではありません。でも、これならみんなにお裾分け出来ますし、何より良い思い出になると思うんです」

 どうでしょうか? と全員の顔を見ながら尋ねる初音。問い掛けられた一同はお互いの顔を見詰め合い、目線で何事かを問い掛けて……やがて全員が、実に楽しそうな笑みで頷いた。

「それじゃどうしようか。先ずはどこで作るかだよね」
「それは家政科室で作ったそうです。大きな冷蔵庫はあそこにしか有りませんから」
「先生たちへの根回しは?」
「この時は、お裾分けのケーキを持っていくと云うことで、誠心誠意説得したそうです」
「……なるほど、賄賂か」
「そんな直接云っちゃ駄目ですよ!」


 まりやから直接聞いた情報を教えていく初音とは別に、アルバムを見て何事かを考える者も居る。

「同じものを作っても面白くないんじゃないかしら」
「そうですね……それに、縦にケーキを重ねるのって運ぶのも大変そうです」
「なら横にするのは? 四角いケーキを繋いで面積を広くするとか」
「それって地味じゃ……」
「なら、チョコレートの色を変えて、絵とかを描いてみるのは?」
「あ……それは面白そうですね!」


 限り有る時間の中で楽しげな相談が続く。

「いやはや、会長になったらこれも引き継がなきゃいけないとは……大変ですネエ」
「ふふっ……でも、楽しいよ?」
「それはもう十分に分かっておりますけれど」


 さくらは初音の声に苦笑を返す。今年は生徒会の黒幕役であったが、来年はそこに会長と司令官も追加されるのだから。まあ、黒幕は誰かに譲っても良いし、この司令官役だって「エルダーの友人」であれば良いのだから、他人にも勤まるだろう。

「……でも、それを敢えて一人で遣ると云うのもそれはそれで……ふひひ、独裁政権ですよ……」
「聞こえてるわよ、さくら?」
「うひゃっ、冗談ですよ〜」


 肩を竦めて怯えた振りをするさくらに対し、今度は沙世子が苦笑を漏らす。
 沙世子は後に耶也子にお目付け役を頼み、耶也子は事有る毎に沙世子に相談を持ちかけることになるのであるが……果たしてそれが誰にとっての『計画通り』なのか、真相は分からないままだった。



 予鈴が鳴って慌てた一同が倉庫から飛び出し、教師に怒られることになるのは余談である。





 聖應女学院の年度末テストは中途半端な日程で行われる。祝日である二月十一日を間に挟んだ四日間と云うスケジュールだ。エスカレーターで大学部に進学する生徒の入学試験も兼ねている年度末テストだが、外部に進学する生徒のことも考慮に入れた日程なのだろう。
 ともあれ、最終日である十三日は午前中で試験も終わり。生徒たちはテストから開放された喜びを表しながら、食堂で昼食を食べたり早々に帰宅したりする。
 そんな帰宅する生徒たちの中に、昼食を食べる為に寮に帰る優雨の姿が有った。

「優雨さん、ごきげんよう」
「また明日ね、優雨さん」
「……うん。ばいばい」


 優雨は言葉少なに手を振って、校門へ歩いて行くクラスメイトを見送った。優雨自身は特に早く帰る必要も無いので、ゆっくりと自分のペースを崩さずに歩いている。そんな優雨の耳に、聞き慣れた元気な声が飛び込んできた。

「あっ、優雨ちゃん! 今帰りですか!」

 優雨は後ろを振り向くと、声の主――陽向が隣にやって来るまで足を止めた。早足で駆けて来る陽向を出迎えてから、ゆっくりと頷く。

「うん。ひなたも?」
「そうですよ〜。もう疲れちゃってねぇ……人目の無いところでデレッとしながらご飯を食べたくて


 さぁ行きましょうと促されて、優雨は陽向と共に歩き出す。さり気無く歩調を合わせる陽向は、大袈裟に肩を回して疲れを主張した。

「……行儀が悪いのは駄目」
「おっと、こりゃ失礼」
「お姉さまたちが居なくても、しっかりする」


 陽向は真面目な表情で云う優雨に頷きながらも、初音が心配しないようにと頑張る優雨を微笑ましく思った。
 初音や香織理たち三年生は明日のバレンタインに備えて準備をしている為、寮で昼食を摂るのは史を含めた三人だけなのだ。

「薫子お姉さまたちも明日の為の材料を買いに出かけてますし……そう云えば、優雨ちゃんはもう初音お姉さまの為のチョコは買いました?」
「うん。ひなたは?」
「え? まあ、私もそれなりのものをそれなりに買いましたけどね?」
「……?」


 優雨が相手でも香織理への親愛を示すのが恥かしいのか、陽向はよく分からない云い方で誤魔化した。しかし、そもそも優雨が相手では誤魔化しそのものが意味が無いと気が付いて、愛想笑いしながら頭を掻く。
 そんな話をするうちに寮に帰ってきた二人。陽向が重厚な作りの扉のノブに手を乗せてゆっくりと回すと、鍵の掛かっていない扉はすんなりと開いた。

「史お姉さま、もう帰ってきているみたいですね」
「……はやい」
「ですねぇ〜」


 自分たちもそれなりに早く下校してきた筈とは思うものの、相手が史ではそれも当たり前のように感じてしまう二人。中に入って靴を脱いでいると、当たり前のように史がやって来て二人を出迎えた。寮の奥から歩いてきたところをみると、暖房用のボイラーを入れてきたらしい。

「お帰りなさい、陽向さん、優雨さん」
「ただいま帰りました! 早いですね〜史お姉さま」
「ただいま」


 軽く挨拶を交わしてから廊下に上がる二人。史は二人と共に洗面所の方へと向かいながら、その背中に声を掛けた。

「史はこれから昼食の準備をしますが、お二人の分も進めてしまって宜しいでしょうか」
「あっ、はい、お願いします」
「では、お二人はその間に手洗いとうがいの方をお願い致します。風邪が流行っているそうなので、念入りに」


 史は二人に念を押してから、食堂の方へと歩いていく。陽向は以前、史に対して上級生なのだから敬語は止めてと云ったのだが、それでもどこか硬さの残っている喋り方だった。
 本来ならばお茶の用意なども下級生である陽向たちの仕事なのだが……このまま来年も史が寮に留まるようならば、第二の逆転姉妹が誕生するかもしれない。
 それは兎も角。

「待たせちゃっても悪いですから、早く準備しましょうか」
「うん」






 三人で食事を済ませ、食後のお茶も飲み終わってさて解散……と云うところで、史は厨房へと戻っていった。最初は食器などを洗うのかと思い、手伝おうと席を立った陽向と優雨だが、どうやらそれは違うらしい。史は調理台を手早く片付けると、冷蔵庫の中からチョコレートを取り出していた。

「あれ……もしかして史お姉さま、明日の為のチョコレート作りですか?」
「はい。今日までは千早さまと薫子お姉さまが厨房に居りましたので」


 史は湯煎用のボウルやハンドミキサーなどを取り出していたが、陽向の質問に手を止めて答えた。きらり、と史の目が妖しく光る。

「始めはテスト勉強の息抜きにと仰っていたのに実際は食後直ぐに二人きりでいちゃいちゃと甘い雰囲気を振りまきながら史は千早さまの為にチョコを作ろうというのに全く持って――」
「お、おおう……? 史お姉さまが独白しながら毒吐いてますよ……?」
「ふみ、怖い……」
「はっ!? ……申し訳有りません、少々漏れてしまいました」


 陽向と優雨が抱き合って震えているのを見た史は、我に返って無表情に戻った。再び調理道具を取り出す作業に戻りながら、何事も無かったかのように言葉を続ける。

「ところで、お二人はチョコをお作りになられないので?」
「私は既製品を買っちゃいましたので」
「……わたしも、もう買ってある」
「そうでしたか。……では、見学だけで宜しいですか?」
「あ、見てても良いんですか? じゃあお願いします! 優雨ちゃんも見るよね!」
「……うん」


 二人が頷くのを見た史は、見やすいように道具を並べてから、チョコ作りを始めることにした。
 まな板の上にラップを敷き、その上にビターの板チョコを乗せる。構えた包丁がカココココとリズミカルな音を立てると同時に、チョコが細かく刻まれていった。
 二人が感嘆の声を上げるのを横目に三枚の板チョコを刻み終わった史は、ボウルに移して湯煎を始めた。細かく刻まれているチョコはあっという間に溶けていく。
 あれよあれよと云う間にテンパリングを終えた史は、ハートの型にチョコを流し終わってからフッと息を吐いた。薫子とは比べられないほどの手際の良さだった。

「……ふみ、凄い」
「ありがとうございます」
「いやホント、凄いですね……って、まだ残ってますよ?」
「こちらは、また別のものに使いますので」


 ボウルの中に半分ほど残っているチョコを見た陽向は史に尋ねるが、史はそのボウルを一旦湯煎のお湯の中に戻すと、調理台の下から紙箱を取り出して、その中に入っていた菓子を取り出し始めた。

「……クッキー?」

 小さな包に入っているその中身を見た優雨が、不思議そうに首を傾げる。

「はい。グラハムクッキーです」
「それは……ガ○ダムに出てきそうな名前ですねぇ」
「……乙女座の史はセンチメンタリズムな運命を感じられずにはいられません」
「……ふみは、かに座」


 優雨に突っ込まれるとは思っていなかったのか、史は顔を赤くして咳払いをすると、包を破って取り出したクッキーを調理用のポリ袋の中に入れて、タオルで包んでから調理台の上に置いた。
 何をするのかと見ている二人の前で、史は取り出した麺棒でタオルを叩き出した。

「ええっ、砕いちゃうんですか?」
「はい。そのまま食べる場合も有りますが、菓子の素材にするときには、こうして砕いてタルト生地などに利用するのです」


 史はタオルを数回叩いてクッキーを荒く砕いた後、一口サイズのチョコ型にクッキーを敷いて指先で軽く押し込んでいく。

「あっ……分かった。チョコクッキーにするんだ」
「正解です、優雨さん」
「おお、優雨ちゃん凄い!」


 陽向に褒められて照れる優雨を微笑ましく思いつつ、史はテンパリングし直したチョコをクッキーの上に流しこんでいく。砕いたクッキーの間にチョコが流れるように空気抜きをして、チョコがゆっくりと固まり始める頃にアーモンドを一粒ずつ乗せていった。

「お洒落さんだ……」
「こちらは、夕食後のデザートにお出し致しますので」
「おお、楽しみです!」
「うん。おいしそう……」


 史は目を輝かせる二人の前に一口チョコを置いてから、まな板を再び引き寄せて、今度はホワイトチョコを削り始めた。

「あれれ、まだ作るんですか?」
「これは、デコレーション用のチョコです。文字を書こうと思いまして」


 刻まれたチョコが湯煎に掛けられ、テンパリングをされてからコルネの中に入れられる。史は鋏でコルネの先端を切り、出てくるチョコの量を確認してからハート型のチョコに文字を書き始めた。

「……史お姉さま、そこはLOVEじゃないんですか?」

 見事な筆記体で書かれているのは、『I Like You 千早』。陽向の言葉に首を振ることで答えた史の顔には、複雑な思いの影が浮かんでいるようだった。

「取り合えず、これで終わりです」
「いやあ、勉強になりました。自分で作るかどうかは分かりませんが!」
「うん。ちょっと難しそう……」


 興味深げに見学していたものの、優雨の言葉には寂しそうな音が混じっている。
 史は暫く考えると、クッキーを何枚か取り出して、その表面に余ったチョコを軽く塗った。首を傾げる二人の前でチョコを冷まして固まらせると、コルネをもう一つ用意してホワイトチョコを入れる。

「優雨さん。メッセージを書いてみませんか?」
「えっ……」


 史に見詰められてそう云われた優雨は、驚いて何度か瞬きを繰り返した後、その意味を悟って嬉しそうに笑う。

「うん。教えて」
「はい。では、こちらに」


 手招きして呼び寄せた優雨を調理台の前に立たせると、史はその後ろに立ってコルネを握る優雨の手を導いていく。

「どんな風に書きますか?」
「……はつね、だいすき、って」
「はい」


 クッキーの上に少し歪んだ平仮名が書かれていく。最後まで書き終わった優雨は、自分の書いた平仮名を見て嬉しそうだ。

「優雨さん、触ると溶けてしまいますよ」
「あっ……気を付けるね」


 優雨は慌てて指を引っ込める。史は他のチョコと一緒にステンレスのバットにそっと並べていった。そうして全てのチョコをバットに並べた終えた頃、黙っていた陽向が恐る恐る手を上げた。

「あのう、史お姉さま。私も書いて良いですか?」
「はい。……席を外しましょうか?」
「いえ、いえいえ! そこまでして頂かなくても結構です!」


 照れた様子で早口で断りながら、陽向は史の手からコルネを受け取って文字を書き始めたのだった。



 翌日の夜、就寝前のお茶の時間に差し出されたメッセージを受け取った初音と香織理がどうしたのかは……また別の話である。




**********



 作中設定は二〇〇九年二月なので、ガン○ムOOは放送されています(笑)

 なお、沙世子は緋紗子先生と一緒に寂しいバレンタインを過ごすとか何とか(爆)
 「私だって空気ぐらい読むわよ……」

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 AーOーTAKE様、今晩は。
今回も楽しませて頂きました。
>薫子お姉さまたちも明日の為の材料を買いに…<1500g買ったのに?史独白通りイチャつき過ぎた!?寮の皆様も色々大変だ( ̄▽ ̄;)
>独白しながら毒を吐く<さすが陽向、nice掛詞(^O^)
>我に返って無表情に戻った<怖さ倍増デスネ(;^_^A。当人達の前ですればいいのに(:P)
>私だって…<貰った耶也子のチョコを自棄食いかな?
 さて、「軍師千早はどう悩殺して、薫子の(暴走回避して)嫁取りに行くのか?」を楽しみにしております。
ヨシハ
2013/03/08 23:36
ヨシハさん、こんばんは。

>イチャつき過ぎ
仰るとおり、これは買出しと言う名のデートです(笑)その辺りは次話。
緋紗子先生と沙世子を入れて合計9人ですが、それでも1500gのチョコをそんな簡単に消費できませんので、実際に何を買いに行ったのかも次話で。

>チョコの自棄食い
どうでしょう。耶也子の分くらいなら食べると思いますが……あや先生の小説版では出番的に不遇な沙世子なので、この話では……?

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/03/09 22:41
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