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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜5

<<   作成日時 : 2013/03/18 21:31   >>

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 花粉症が……

 執筆が遅れる言い訳にはならないですが……集中できなくて困ってます。



**********


 次の質問に○か×で答えなさい。
 Q.交際中の男性と二人きりで買い物に行くことをデートと云う。但し男性は女装中である。



「まる」
「……何がですか?」


 年度末試験と云う大きな壁を乗り越えたあたしと千早は、学院の食堂で昼食を食べた後、駅前のデパートにやってきていた。その目的は明日の為の色々な準備だ。例えば、足りなくなったチョコ素材の買い足しとか、厨房に立つのに相応しい格好の準備とか。
 ……うん。デートだよね、これ。最初は別にそんなこと考えて無かったんだけどさ、明日は忙しくて一緒に過ごせないだろうから、なんて千早が云うもんだから……。

「薫子さん、これなんてどうです? チョコタルトの上をこんなマジパンで飾るのも悪くないですよ」
「う、うん。そうだね」


 こっちは恥かしいってのに、云った本人はケロッとしてるんだもんな。千早の「照れる」スイッチがどこに有るのか分からないよ。千歳になりきってるときは平気だとでも云うんだろうか。でも、あたしの呼び方が「薫子さん」だしなあ……。

「聞いてますか?」
「うん。千早はどう思う?」
「え? 良いと思うけど」
「え? ……あ〜、うん、そうだね。あはは……」


 首を傾げてる千早を誤魔化すようにして、今まで見ていたマジパンを買い物籠に入れる。ピンク色の薔薇を模したマジパンで、花言葉は……何だったかな? まあ、メルヘンな人形とかじゃないから親爺に食べさせても大丈夫だろう。

「他に何か必要かな?」
「う〜ん、あまり凝ったものを使っても仕方が無いし」
「まあ、チョコタルトとトリュフだからね……後は精々、トッピング用のカラーシュガーかな」


 そうそう、作るのは結局トリュフとチョコタルトの二種類に決定した。トリュフだけだと量が少ないかもしれないので、食べ出のあるチョコタルトを追加したのだ。

「タルト台はどうします? 買っておきますか?」

 千早の指差す方向には、バレンタイン用と思しきハート型のタルト台が有る。一口サイズのカップ状になっていて、チョコを流せばそれで完成するやつだ。

「いや、やっぱり自分で作るよ。ここまで来たら全部自分で作りたいし、それに、それはちょっと小さいしね」

 あたしの我儘みたいなものだけど、これはあたしと親爺の勝負なのだ。簡単な方に逃げたくは無い。それに、以前に千早が作っていたものなら、それほど難しくは無いと云ってくれたしね。
 後は、あたしが使っちゃった分のココアパウダーとかも買い足してから、食材屋さんを後にする。まあ、買うのが少ないから早いもんだ。

「さて、次はエプロンですね」
「うん。でも、どんなのが良いかなあ?」


 エプロンは今まで寮母さんのを借りて使っていたんだけど、流石長時間借りっ放しにするわけにはいかない。そこで自分用のを改めて買うことにしたわけだ。普段は料理してないのがバレバレかもしれないけれど、そこはそれ、やっぱり気合を入れる為にも新調しないとね。
 ビニール袋を鳴らしながらエスカレーターに乗り、衣料品売り場へと向かう。千歳となら一緒に買い物したけれど、千早とは初めてなんだよね……ちょっと恥かしいかも。



「お〜、結構種類が有るんだね」
「本当だ。結構お洒落なものも有りますね」


 エプロン売り場に辿り着くと、まあ色々な種類が有るわ有るわ……普通に首から提げる感じのもの、ドレスのように袖を通すもの、ツーピースになっているもの、ソムリエが着る感じの腰から下だけのもの。
 エプロンもお洒落の一種ってことなんだろうね。やたらと派手な柄物まであったりするけど、なんか料理に集中できなさそうだよ。そんなエプロン売り場の端の方には、無地の割烹着も並んでいるが見える。

「なんかさあ……日本人として、これだけのエプロンが並んでるのに、割烹着が申し訳程度ってのは寂しく感じないかね?」
「あはは……まあ、着物を着る女性が少なくなっているから、仕方が無いのかも」


 千早はそう云って苦笑いする。あたしは試しに、割烹着を手に取って自分の身体に当てて見た。
 ……洋服に割烹着の組み合わせってのは、小学校の頃の給食当番みたいな感じだよね。食料品の工場とかで見る為か、制服って印象が強いし。うん、やっぱり和服を着た人じゃないとしっくり来ない気がする。

「まあ、あたしはエプロンにするよ。どんなのが良いかな」

 あたしは普通に首から提げるタイプの白いエプロンを手に取ると、同じように身体に当てる。鏡に映った自分を見て……普通だな……。

「う〜ん……どうかな」
「似合ってると思いますよ」


 ふむ、千早から見ると悪くないか。でも、もうちょっと華が有った方がいい気もするんだよな。あたしはエプロンを棚に戻すと、淡いブルーのIラインエプロンを身体に当てた。
 スラリとした細いエプロンは女性らしい感じだけど、ウエストを巻くようにして身に着けるので、大きく動くのには向いてないかもしれない。

「……どうかな?」
「似合ってると思いますよ」


 そうか。……う〜ん、でもやっぱり、身体にぴっちり巻くのは何となく遣り難いな。あたしはエプロンを棚に戻し、今度はミントグリーンのティアードエプロンを手に取った。いかにも女の子と云った感じの、裾が大きくふわりと広がったエプロンだ。

「これはどうかな?」
「似合ってると思いますよ」


 ……ふう。……うん、まあ分かってたんだけどね。こんな格好をしてても千早は男だし、女の子の衣装選びには興味ないだろうってことはさ。でもさあ……。

「さっきから同じ答えばっかりじゃん。もうちょっと別の答えは無いの?」
「そ、そう云われても……薫子さんに似合ってるのは本当ですし」


 うっ……そ、そんなお世辞じゃ誤魔化されないんだからね。真顔でそんなこと云ったって、そりゃあ嬉しいけど……具体性が無いのは駄目なんだから。
 あたしは手に持ったエプロンを棚に戻し、にやけそうになった顔を無理矢理顰めてから千早に尋ねた。

「どれも似合うって云うんなら、千早が選んでよ」
「えっ、僕がですか?」
「そうだよ。千早があたしに着せたいのを選べば良いじゃん」
「……はあ、そうして良いのなら」


 千早は軽く頷いて、エプロンの棚の前に立つ。さて、千早の趣味がどんなものか確かめさせてもらおうじゃないか。
 暫く棚の前で悩んでいた千早が持ってきたのは、シンプルでスリムな感じの淡いピンク色をしたエプロンだった。ちょっと丈が短くて、歩くときの邪魔になったりはしない感じだ。胸元のリボンと裾のフリルがアクセントになっている。

「これなんかどうでしょうか」
「千早は可愛い系が好きなんだね。どれどれ」


 あたしはエプロンを受け取って身体に当ててみる。鏡を見て確認すると、あたしにはちょっと可愛過ぎるかなと思ってしまった。裾が想像よりも短くて、ミニスカートみたいに見える。

「後は、髪の毛を後ろで纏める感じですかね」
「ひょっ……コラ、首筋撫でるな!」
「あっ、ごめん」


 あたしの後ろに回った千早が、首の後ろ辺りであたしの髪を纏めてリボンできゅっと締めてみせた。そのリボンはどっから出て来たんだ?

「うん、似合ってますよ」
「そ、そうかな……」


 嬉しそうにされると照れるな……でも、うん。千早がこれが良いって云うならこれにしようか。

「あ、そのリボンはこちらに。僕のですから」
「……へえ、千早ってリボンとか着けるんだ」
「え、いや……料理をするときに髪を纏めたりとか……」
「ふ〜ん……」


 そう云えば、チョコ作りの練習をしているときも、色んな方法で髪を纏めてたっけ。……このエプロン、あたしよりも千早に似合いそうな気がするって云うのは、極力考えないようにしよう。
 あたしの髪を纏めていたリボンは千早の自前だったけれど、どうやらこのエプロンにはフリル部分と同じ柄のシュシュが付属しているらしい。あたしの髪は長いから、ゴムで纏めると髪が絡んだりとかして地味に痛いんだよね。シュシュならそれほど絡まないから丁度良い。

「じゃあ、あたしはこれを買ってくるよ。終わったら、どっかでおやつでも食べてから帰ろう?」
「おやつですか? まあ、良いですけど」


 よ〜し、言質は取ったぞ。偶にはチョコ以外のものを食べないと、舌が馬鹿になっちゃうからね。明日に渡すチョコを美味しく食べてもらう為にも、ここは違うものを食べさせておかないとね。





 あたしたちが足を向けたのは、去年までは結構通っていたケーキ屋さんだ。駅前ホテルの裏側に在る、ちょっと大通りから外れている場所の店。それでも味の方は抜群で、結構人気が有ったりする。
 三年生になってから――と云うよりは千歳が寮内でおやつを作るようになってから――は、ここで買い物をすることも少なくなった。その分の貯金が溜まり、そのお金が今こうしてチョコの素材やエプロンに変わったりしている訳だ。こうして考えると、なんとも不思議な巡り合いだよね。

「ここのケーキはあまり食べたことが無いけど、どんな感じなんですか?」
「ほう、パティシエ千早君は興味が有るかね」
「からかわないで下さいよ」
「でも千早って、外でご飯食べるとレシピとか気になったりしてるでしょ?」
「……分かるんですか?」


 千早がちょっと驚いた。そりゃあ勿論分かりますとも、美味しいものを食べてるのに難しい顔して考え込んでるんだから。
 そんなに料理が好きなのかって思うときも有るけれど、まあ、自分で作ったものを美味しいって云って食べてもらうのは嬉しいことだって、あたしにも分かったからね。
 だからこそ、明日は親爺との勝負でもあるけれど……それとは別に、満足してもらいたいって気持ちも有るんだ。

「お待たせ致しました。ナポレオンパイに、苺のレアチーズです」

 おお、来た来た。ナポレオンパイはあたしが、苺のレアチーズは千早が受け取った。
 ナポレオンパイとは云っても、あたしには苺たっぷりのミルフィーユとどこが違うのか分からないんだけども……美味しければ良いのだ。

「じゃ、頂きます」
「頂きます」


 フォークで切って先ずは一口。……んん〜っ、この甘酸っぱい苺の味、久々の生クリーム……はあ……幸せだぁ……。
 ふと千早を見ると、コクコクと頷きながら微かに笑っていた。良く味わっているのか、目を細めながらフォークを動かしている。やっぱり味の研究をしているように見えるよね。
 苺、生クリーム、そしてカスタードクリームのハーモニーを楽しんでいると、ふと千早があたしの方を見ているのに気が付いた。

「ん? どうしたの?」
「えっ!? い、いえ、何でも無いです」
「何でも無いって態度じゃないなあ」


 さり気無く尋ねただけなのに、挙動不審になっちゃって。どこを見てたんだか……あっ、そうか!

「分かったよ、千早。ケーキが気になってるんでしょ?」
「えっ?」
「隠さなくてもいいのに。ほら、あ〜ん」


 千歳とケーキを食べたときも、良くこうやって食べさせて上げたもんだ。違う種類のケーキを頼むと直ぐに目移りするんだからさ。姉弟だけあって、千早にもそう云うところが有るんだね。

「ほら、落ちちゃうよ。早く早く」
「えっ、あ……あ〜ん」
「ほいっと」


 開いた口の中にケーキを放り込む。千早は微妙な顔をしながら口を動かしてそれを飲み込んだ。なんだろ、美味しく無かったかな?

「どう?」
「……味なんて分かりませんよ」
「はあ? 何、もう一口欲しいの?」
「ち、違いますよっ!」


 眉を顰めて云うもんだから思わずそう尋ねると、千早は身を乗り出して、小声で怒鳴ると云う器用なことをしてみせた。あたしが首を傾げると、今度は千早が呆れたような声で云い返してくる。

「いきなりこんなことされても、恥かしいじゃないですか」
「恥かしいって……別に普通でしょ、これぐらい」
「僕は男ですっ」


 ……はっ!? そう云えばそうだった! 確かにこれは普通じゃないかも……いやいや、ちょっと待て。あたしは顔を赤くしながらも、千早に顔を寄せてそっと囁いた。

「……こ、恋人同士なら、普通でしょ……」
「……」


 黙らないでよぅ、めちゃくちゃ恥かしいじゃないか! 赤くなるのは良いにしても、ここは男らしくリードしてよ。
 あたしが抗議の意味も籠めてじっと見詰めると、千早は我に返って軽く咳払いをした。乗り出していた身を椅子に戻して、あたしも椅子に座れとゼスチャーしてくる。

「……取り合えず、周りから注目されるので落ち着きましょう」
「……そうだね」


 あたしたち以外にも客は居るし、窓が大きいから店の外からだって見える。大通りからちょっと離れた場所の店とは云え、聖應の生徒だって来る場所なんだから……っ!?

「あ、ああ……!」
「どうしました?」


 千早が尋ねてくるけれど、それどころじゃない。あたしの視線の先に居るのは、窓の向こうのアスファルトの上、イイ笑顔で笑いながら手を振っているケイリと、額に手を当てて天を仰いでいる淡雪さんだった。



 目を合わせてしまったのに無視する訳にもいかず、かと云ってケーキを食べ終わったから二人はごゆっくり……なんてさっさと帰ってしまうのも気拙い。結局あたしたちは二人と話していくことにした。幸い、ケーキセットの紅茶はポットで注文しているので、舌を湿らすぐらいは出来るから。

「薫子、そんな恨めしそうな目で見ないで下さい。知り合いに会ったら声を掛けるぐらいは当然でしょう?」
「ケイリ〜、だから止めようって云ったじゃん〜……あ、その、済みません、お邪魔しちゃって」


 苦笑するケイリとは対照的に、淡雪さんはヘコヘコと申し訳無さそうに何度も頭を下げている。二人の力関係が分かるようで、何となく苦笑してしまう。
 二人が注文を済ませるのを待って、あたしの方から話し掛けることにする。さっきのをネタにされると困るからね。

「この辺りに居たってことは、二人は買い物だったの?」
「そうですよ。お姉さま方にプレゼントするチョコを買いに」
「もう……ケイリってば……」
「別に云ってしまっても構わないでしょう?」
「あはは……ありがとうって云っておくね」
「うう……なんか抜け駆けみたいになっちゃうから知られたくなかったのに……」


 ああ、それで嫌がってたのか。例えチョコを貰えるのが分かっていても、前日に「貴方に上げますから」って教えられると、ちょっと残念に感じるのは確かだよね……プレゼントとかそう云うのは、サプライズが有るから楽しめるところが有るし。

「あ、勿論、私も薫子と千歳に差し上げますよ」

 もう、ケイリは平然としてるなあ。
 海外のバレンタインに慣れてるからだろうけど、相手に秘めたる思いを伝える為の日って考えじゃなくて、日頃の感謝や親愛を示す為の日ってことらしいから。

「去年みたいに、花束と一緒に渡すのとかは無しだよ?」
「ふふっ、分かってますよ」
「えっ、ケイリってそんなことしたの?」


 あたしは驚いている千早と淡雪さんに、去年のことを話して聞かせた。
 ケイリは去年も、プレゼントを上げると云うことをあたしたちに教えていた。でも、放課後になっても渡しに来ないので、何か有ったのかと思い電話を掛けてみた。
 するとケイリは、嵩張るので寮に届けて有りますと云うじゃないか。慌てて寮に戻ったら、チョコと一緒に五人分の薔薇の花束が届けられていたのだ。

「そりゃまあ、ケイリは車で送り迎えして貰ってるから、花束を持ってくるくらいは簡単だろうけどさ。あたしたち五人分を纏めてとは云え、両手一杯の花束ってのは行き過ぎだと思うんだよね」
「いやあ……初めての学校生活で、一年間を楽しく過ごせたのは奏や由佳里たちのお陰だから、感謝の気持ちを籠めて驚かそうと思ったんですけどね」


 話を聞いて呆れている千早と淡雪さんを他所に、ケイリは苦笑しながらそんなことを云う。確かに驚きはしたけども、それはケイリの考えていたものとは別の意味での驚きだから。

「私だって、聖應でのバレンタインがあんなに派手なイベントだとは思っていなかったのですから、そこは大目に見て下さい」
「うん、まあ、それは分かっちゃいるけどさ……だからって無理に合わせて派手にすることも無かったんだからさ。今年はああ云うのは無いよね?」
「ええ。私はしませんよ」


 え、何なのその答えは。ちょっと怖いんですけど。あたしは思わず、淡雪さんに視線を向ける。

「いえ、知りませんから。何も企んでませんから」

 慌てたように顔の前で手を振ってるけど、淡雪さんのその態度には、ちょっと引っかかるものを感じるな。……まあ、いいか。悪いことじゃないんだろうから。

「千歳お姉さまも転校生ですから、きっと聖應のバレンタインは驚くと思いますよ」
「えっ……そんなに、違うものなの?」
「そりゃあもう。私はもう慣れちゃいましたけどね」


 話を逸らす為か、淡雪さんが千早に話し掛ける。ちなみに、あたしも最初の一年はもの凄く驚いた。演劇部の主演女優として押しも押されぬ存在だったお姉さまは、二年生なのに上級生のお姉さま方からもチョコを貰うくらいの人気で……桜並木の植え込みから人が飛び出してくるのは吃驚するよね。
 お姉さまは、瑞穂さんのときに比べれば大したことは無いからって笑ってたけど、一体どんな感じだったのやら。

「ちょっと怖くなるなあ……」

 千早はあたしの方を見ながら眉を寄せている。どんな感じなのか詳しく知りたいんだろう。

「薫子、教えては駄目ですよ。それでは面白くないですから」
「あはは、OK」
「そんな……」


 大丈夫、別に悪いことじゃないんだから。千早なら、あたしみたいに『襲われた』と勘違いすることも無いだろうしね。





 その日の夜、夕食後。明日の為の最後の準備として、タルト台を作ることにした。
 とは云え、別に生地を練ってオーブンで焼いてと云うことではなく、砕いたクッキーに溶かしたバターを混ぜて、タルトの型に入れてギュッと固めて冷やすだけのものだ。
 史ちゃんが作ったデザートにもクッキーが使われていて、失敗出来ないギリギリの量しか残っていなかったので、かなり緊張したんだけど――

「ぎゅーっとですよ、薫子さん」
「ふぬっ……こんな感じ?」
「もっともっと」
「モットモット!」
「そこ、合いの手煩い!」


 ――などと、食堂に居たみんなの協力(?)もあって何とか成功した。

「ところでこれ、失敗したらどんな感じになるの?」
「生地が固まらなくて、ボロボロに崩れます。タルト台に使うのは無理ですね」
「うわあ……ホントに大丈夫かな、これ」
「あれだけ力を入れていれば大丈夫ですよ。あとは、型から外さないでチョコを流してしまえば、今度はチョコが繋ぎになるので崩れなくなりますから」
「ふ〜ん……」


 それじゃ、後はこれを冷蔵庫に入れて確りと冷やすだけ、と。手のひらサイズのタルト型を五つ、冷蔵庫の中に並べて入れて、そっと扉を閉める。そして、拍手を打ってから手を合わせた。

「ちょっと、最後は神頼みなの?」
「人事は尽くしました! 後は天命!」


 突込みを入れてきた沙世子さんにそう答えると、肩を竦めて呆れられた。

「まあ、良いんじゃないですか? 薫子お姉さまにしてみれば、明日は受験みたいなものなんですから」
「それもそうね」
「うう……今からプレッシャーを掛けないでよ……」


 あたしは本番度胸があるって云われたりするけれど、本番前は人並みに緊張するんだからね。明日は朝から大変な一日になるし、せめて今晩ぐらいはぐっすり眠りたいんだから。

「はいはい。みんな、薫子ちゃんを苛めるのはそれくらいで終わりにしましょう」
「ああ……有難う初音。優しいのは初音だけだよ……」
「そう云うわけで、薫子ちゃんたちは明日に備えて寝ちゃって下さい。千早ちゃんも……色々と疲れると思いますから」
「えっ? ちょっと……」


 あれ? 何であたし、千早と一緒に食堂から追い出されてるの? 確かに早く寝る心算ではあったけれど、まだ夜の十時前なのに……。
 初音たちに背中を押されて廊下に放り出されたあたしと千早は、目の前で閉じてしまった扉を訳も分からずに見詰めていた。

「う〜ん……やっぱり明日のことで、何か有るんですかね」
「ん? どう云うこと?」
「……まあ、取り合えず移動しましょうか」


 このまま食堂に戻るのは無理そうなので、千早に促されて二階へと向かう。踊り場からテラスを眺めながら、千早は小声で話し掛けてきた。

「ほら、昼間にケイリたちと会ったときに、何だか口篭っていたじゃないですか」
「ああ……それか。あたしも何か変だなとは思ったけど」


 こりゃあ、明日は相当のサプライズを覚悟しなきゃいけないかな? あんまり疲れたくないんだけどなあ。

「僕としては、薫子さんが聖應のバレンタインの様子を教えてくれると、気が楽になるんですけどね」
「む……いや、まあ隠すほどのことじゃないけどさ。実際体験してみないと分らないと云うか……」
「……つまり、普通は有り得ないことだと」


 はあ、と溜め息を吐いた千早。テラスの窓ガラスが白く曇った。……まあ良いか。信じる信じないは置いておくとして、だけど。

「例えば、植え込みから忍者のように飛び出してきて、目の前にチョコを差し出したりとか」
「……え?」
「例えば、上履きが取り出せないぐらい、下駄箱の中にギッシリ詰まっているとか」
「……チョコが、ですよね?」
「今の会話の流れで、チョコ以外の何が有ると?」
「……」
「信じたくないって顔だね?」


 腕を組んで渋い顔をしている千早を見る。まあ、仕方が無いとは思うけどね。

「薫子さんの云うことなら、信じたいとは思うけれど……」
「あたしが云えることは一つ。明日は体力勝負だから、確りと休むこと」
「……そんなに疲れるバレンタインって……」


 肩を落とした千早にお休みを云って、あたしは自分の部屋に戻る。あたしだって余裕は無いのだ。あしたは千早よりも早起きして、朝一番でチョコを渡さなきゃいけないんだから。
 ある意味、究極のフライングだけど……そこは勘弁してもらおう。





 ――抱いて眠った携帯電話が、胸の中でガタガタ震える。
 あたしは寝惚け眼を擦りながら身体を起こし、枕元の目覚ましたちをロックしていく。あたしの部屋で目覚ましが鳴ったって、千早の部屋まで音は届かないだろうけど、やはり用心はしないといけない。
 まだ真っ暗な部屋の中、蛍光塗料で浮かび上がる時間は――五時半だ。ベッドライトを灯してからそっと床に降り立って、手早く服を整えていく。鏡を覗き込んで顔を確認。うん、変なところは無いな。

「よし、ミッション開始」

 丁寧に包んでおいたチョコを手に持って、そっと部屋の扉を開けた。千早の部屋へと朝駆けである。……気分は潜入ミッションだ。ダンボールは被らないけど。
 忍び足で廊下へと出た。ウグイス張りなんてお洒落なものじゃないけれど、廊下も軋んで音が鳴る。あたしの体重が重いとかでは……無い。

「あっ……史ちゃん」
「……薫子お姉さま?」


 二・三歩進んだところで、史ちゃんが階段を上ってきた。やっぱり早起きだなあ、史ちゃんは。

「おはよう。早いね」
「いえ、いつもと変わりませんが。……それより、薫子お姉さまはどちらへ?」


 あたしが囁くように挨拶すると、史ちゃんも同じように返してきた。別にそこまで小声にならなくても大丈夫だろうけれど、まあお約束みたいなものだ。

「怒らないでね? ……千早のところ」

 あたしがチョコの包を見せながらそう云うと、史ちゃんは軽く目を見開いて……なんだか薄らと笑ったように見えた。

「御武運を」
「有難う」


 グッと親指を立てる史ちゃん。怒らないまでも反対するかと思っていたけど、そうでも無かったみたいだ。
 抜き足差し足忍び足で千早の部屋の前に立ち、ゆっくりとノブを回していく。意味も無く壁にぴったりと張り付いてから、そっと部屋の中の様子を伺った。……うん、真っ暗で良く分からないね。そのまま部屋の中に滑り込み、そっと後ろ手で扉を閉める。
 ……うう、当たり前の話だけど、とってもドキドキするよ。あたしってば何でこんな大胆なことしてるんだろう。

「……千早、起きてる? ……寝てる?」

 小声で尋ねるけれど返事は無い。微かに聞こえるのは寝息だけだ。
 ベッドへと忍び寄って顔を伺う。うわ〜、やっぱり千早って寝顔も綺麗だよね。本人は嫌がるかもしれないけれど、眠りの森の美男子って感じだ……何云ってんだあたしは。
 何かもう、すっかり目が冴えている自分に気が付いた。きっと顔も赤くなってる。軽く深呼吸をしてから、千早の耳元で囁いてみた。

「千早〜。朝ですよ〜。モーニングコールですよ〜」
「……う……」


 うひょ、なんて色っぽい声なんだ。堪らん、もう一度だ。

「千早〜。起きて下さ〜い。薫子ですよ〜」
「……ん、かおるこさん……?」
「うん。お早う」


 半分も開いてない目を擦りながら、ベッドサイドのあたしを見上げる千早。あたしは千早の口から驚きの声が上がる前に、指で千早の唇を摘んで閉じた。指の感触で目が覚めたのか、千早が驚いて目を見開く。

「……にゃにを?」
「どうも、七々原運送です。チョコをお届けに参りました」


 照れ隠しに運送業者の真似事をしながら、後ろ手に持っていたチョコの包みを差し出す。唇を摘んでいた手を離すと、千早は身を起こしてチョコを受け取った。

「今、何時です?」
「ん? そろそろ六時かな」
「早いですね」
「……だって、一番に渡したかったんだもん」


 史ちゃんが見逃してくれたから良かったけれど、そうじゃなかったらきっと二番手だっただろう。あたしが唇を尖らせると、千早は苦笑しながら、それでも嬉しそうに返事をする。

「有難うございます。……家族と親戚以外の人からチョコを貰ったのって、実は初めてなんですよね」
「えっ、そうなの?」


 それは以外……でもないのか? 千早はイケメン通り越して女顔だもんね。……そうか。あたしは千早の初めてを貰っちゃったよ!

「んふふ……じゃ、あたしは部屋に戻るから」
「あ、ちょっと待って」
「えっ、何?」


 振り向き様に呼び止められて、あたしはその場でクルリと一回転をする。千早はそんなあたしの腕を取って……って、危ない! 今引っ張ったら倒れる!

「おっ……と」
「ちょっと、危ないじゃない」


 千早に圧し掛かるような格好で受け止められたあたしは、勿論、千早に向かって抗議の声を上げたけど。

「運送業者さん、受け取り印を忘れてますよ」
「は? んむ――」






 あたしは千早に唇を塞がれながら、唇にキスマークって残らないよね、なんてどうでもいいことを考えていた。




**********


 もし18禁だったりしたら、人には見せられないアチコチに受領印を押されちゃっていたと思います(笑)


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 AーOーTAKE様、今晩は。
闘病、執筆御苦労様です。
私もプチで、彼岸法要中はくしゃみ辛抱がキツかった(TT)GWまで春眠籠りしたい…。

 さて、今回は(終わりも甘かったし)ホワイトチョコ級(^^)d。
あたしの方見て〜恋人同士の薫子4立てコンボ技によく千早が自制できましたねぇ。恐るべし天然!!(^_^;)

>印鑑<目覚めから元気だなぁ♪生理現象はセーフ?

 ところで、ぎっくり腰親父は台所移動と着席はできるのかなぁ…
ともあれ、次話は気長に色々想像しつつ(既にお邪魔カキコがあればご免なさいm(__)m)待ちますので、心身安静を優先下さい。
ヨシハ
2013/03/22 23:30
ヨシハさん、こんばんは。

ん〜、もしこれが夜だったら、千早は(ゲームの性格上当然かもしれないけど)据え膳を頂いちゃうタイプですから、押し倒されてたかも。朝だからこそ見逃されたのかも?

 ぎっくり腰は、一応移動できるぐらいは大丈夫だと思います。明記してないですが、バレンタイン当日で大体10日くらい経っているので。と言うよりは、親としていいとこ見せたいので無理すると思います(笑)

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/03/24 22:36
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