A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜6

<<   作成日時 : 2013/03/31 22:27   >>

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 大分遅れました〜。

 何とか三月中に書き下ろしました。

**********



「みんなおはよ〜……」
「おはよう、薫子ちゃん。……ちょっと顔が赤いけど、調子悪いの?」
「いや、大丈夫だよ」


 食堂に入ったあたしは、初音の質問をかわして定位置の椅子へ腰を下ろした。ふぅ、まだ顔が赤いか。顔を洗って冷やしてきたんだけどな。
 でもなあ、意識しないようにとは思っていても、ついつい思い返しちゃうんだから仕方が無い。だって舌とか入れてきたんだもん。何て云うか、こう、凄かったんだ。

「おはようございます」
「みなさま、おはようございます」


 う、千早と史ちゃんも来たか。史ちゃんは直ぐに厨房へ手伝いに向かい、千早はそのまま席へと座る。

「おはよう。……あら? ふうん……」

 挨拶を返した香織理さんが、顔が赤くなっている千早を見て、それからあたしの方へと視線を移す。香織理さんの隣に座っている陽向ちゃんも、それに合わせて視線を動かした。……これは、気が付かれたかな?
 千早も自分でやって照れるくらいなら、自重してくれれば良かったのに……いや、
まあ、嬉しかったからそれはそれで……うん。
 ニヤニヤしてる香織理さんや陽向ちゃんの視線に気が付かない振りをしながら、じっと料理の準備が終わるのを待つ。あ、沙世子さんの冷たい視線にも気が付きませんので、そこんとこよろしく。

「お待たせ致しました」
「お〜、お待ちしてました!」
「なあに、薫子。そんなにお腹が空いてたの?」
「いやあ、今日はしっかり食べて力を付けないといけないからね」


 どちらかと云うと、必要なのは体力じゃなくて精神力だとは思うけど。腹が減っては戦は出来ぬのだ。

「それじゃ、待ちきれない薫子ちゃんの為にお祈りを済ませちゃいましょうか。主よ、今から我々がこの糧を頂くことに感謝させ給え、アーメン」

 お祈りを済ませてから、サニーサイドアップをカリッと焼いたトーストの上に乗せて、落とさないようにしながら一口。うん、美味しい。

「そうそう、今日は私と沙世ちゃんは早めに出ますから、戸締りはお願いしますね」
「ん? 何か有るの?」
「あまり酷い羽目外しが有ると先生やシスターに怒られるから、そうならないように監視するのよ。生徒会は風紀委員も兼任してるって知ってるでしょう?」
「あ〜、なるほどね……?」


 沙世子さんの説明に頷きながらも、どことなく引っかかるものを感じる。去年はそんなことして無かったと思うんだけどな。あ、そう云えば千早に云い忘れていたことが有ったっけ。

「千早、あたしたちはちょっと遅めに出るからね」
「え? 何でですか?」
「みんなが準備を済ます前に登校すると、二度手間になっちゃうからね」
「……?」


 千早は意味が分らなかったのか、首を傾げている。まあ、直ぐに分かるよ。
 外部から来た陽向ちゃんと優雨ちゃんも、あれを見ればきっと驚くだろうな。まあ、二人は香織理さんに面倒を見てもらうとしよう。

「ふふっ……薫子は経験者なんだから、ちゃんと千早さんをリードして上げなきゃ駄目よ?」
「はいはい。まあ、あたしだってそんなに余裕が有るとは思えないけどね……」






「みんな、忘れ物は無い?」

 玄関に立ってみんなに声を掛ける香織理さん。あたしたちが頷くのを確認してから、しっかりと戸締りをした。

「さて、それじゃ行きましょうかね」

 あたしは千早と並んで、みんなより少し早めに歩き出す。香織理さんたちが後ろを歩くのは、巻き込まれないようにする為と、あたしたちがどういう状態になるかを陽向ちゃんや優雨ちゃんに見せる為だろう。

「……これ、こんなに沢山必要なんですか?」

 千早は手に持っている紙袋の束を見て首を傾げている。どうにも納得出来ないみたいだけど、まあ直ぐにでも分かる……むっ、来たな!

「お姉さま! 受け取って下さい!」
「わっ!?」


 植え込みの影に座って隠れていた――何故隠れる必要が有るのか分らないけど――女の子が並木道に飛び出してくるなり、腰を九十度に曲げて両手で持ったチョコの包みを千早に差し出した。
 あたしは驚いて固まっている千早を肘で突いて、早く受け取るようにと促す。……おっと、今度はあたしの方か。

「お姉さま、心を籠めて作りました! お受け取り下さい!」
「うん、ありがとう」


 桜の木の裏から現れた女の子は、あたしを真っ直ぐに見ながらチョコの包みを差し出した。お礼を云って受け取ると、顔を赤くして昇降口へと走っていく。あんまり走るとシスターに怒られるよ〜。

「お姉さま、海外の王室ご用達のチョコです。お姉さまのお口に合うか判りませんが……」

 気を抜く暇も無く、いつの間にか後ろから回り込んできた女の子がチョコを差し出してくる。うわ、これって有名なベルギーチョコじゃん。高そうだ……。
 受け取ってから礼を云うと、その子も昇降口へと駆けて行った。顔を真っ赤にしているのを見ると微笑ましくも有るけれど、今はのんびり考えている暇も無い。

「ほら、行くよ」
「あ、は、はい。ちょっと待って……」


 千早は受け取ったチョコを紙袋に急いで詰め込んでいる。ああ、そんなに丁寧に詰めても直ぐにゴチャゴチャになっちゃうのに……って、ほら、また来た。

「お姉さま! 受け取って、私の思い!」
「あ、ありがとう……」


 お〜お〜、女の子の迫力に押されてタジタジだよ。千早、この一日で女性恐怖症になったりしないか、ちょっと心配になるな。あたしたちの後ろでは、香織理さんが大変ね〜なんて云って笑っている。完全に他人事だけど、香織理さんだって結構人気が有るって分かってるのかね?

「お姉さま! よろしくお願いします!」
「受け取って下さい!」
「お慕いしております、お姉さま!」
「うわっ!?」


 気を抜いている間に走り寄ってきた三人の子が、タイミングを合わせて腕を突き出してきた。扱いがぞんざいにならない程度に急いで、三人からチョコを受け取って紙袋に落とす。

「な、なんなんですか、これ……」
「昨夜説明したじゃない。これが聖應のバレンタインなの。そう云うもんだと思って諦めなさい」


 視線を前に向けると、ちらちらと物陰に居る女の子が見える。遠くから見た方が隠れている女の子たちを見付けやすいからね。……あの子ってば、植え込みの中に隠れてるよ。あれじゃ枯れ葉だらけになっちゃうでしょうに……。
 冬の早朝、寒い中をじっと待ってくれているんだ。風邪を引かないうちにお役目から開放してあげないとね。

「ほら、袋の中を見てニヤニヤしてないで行くよ。みんな待ってるんだからね」
「べ、別にニヤニヤなんてしてませんよ」
「そ〜お? 今日一日で一生分のチョコを貰っちゃうかもよ?」


 ねんがんのばれんたいんをてにいれたぞ! みたいな感じなんじゃないの? 千早の耳元で笑いながら囁くと、ちょっと云い過ぎたのか口を尖らせてしまった。

「あは……拗ねた?」
「……別に良いですよ。それに、一番欲しい人からのチョコは貰ってますし、この先もその人から貰う心算なので、少なくとも『一生分』ではないですからね」
「へっ? ……うぁ……」


 こ、この……そんなの不意打ちだぞ!? あ、こら、あたしを置いて先に行くな〜!





 両手に紙袋を二つずつ提げ、更にその手で胸元に抱えている紙袋の底を支える。そんな格好で、あたしと千早は教室へ続く廊下を歩いている。ちなみに胸元の紙袋からはチョコが溢れ、背を反らせた身体で何とか落ちないように支えている状態だ。正直な話、この体勢は腰が辛い。

「お〜い、前は見えてる?」
「な、なんとか」


 あたしは首元に有るチョコに気を使いながら、隣を歩く千早を伺う。千早はあたしよりもちょっとバランスが悪くて、顔が斜め上を向いていた。
 チョコを渡しに来た女の子が、申し訳そうな顔をしつつも、実際は凄く嬉しそうに千早の顎の下にチョコを置いていったのが印象的だった。千早の顔に触れたからだろう。

「せめてもう一袋有れば、だいぶ違うのに……」
「余裕が有れば、それだけチョコを渡しに来る人も増えるんだから、あんまり意味が無いと思うよ」
「うっ……それはそうかも」
「もうちょっとで教室だから頑張れ〜」


 まあ、教室に着いたら更なるチョコが待っているんだけどね。誰かが気を利かせてくれたのだろう、開いたままになっている扉から教室へと入る。

「みんな、おはよう」
「おはよ〜」
「おはようございます。二人とも、やっぱり大変なことになってますね」


 扉の直ぐ傍に居た聖さんが、あたしたちの様子を見て苦笑していた。聖さんが動かした視線に合わせてあたしもそちらを見ると、案の定と云うべきか、机の上にチョコの包みによる石垣が作られている。

「おはよう、薫子さん。手伝うよ」
「や、茉清さん。そっちはどうだったの?」
「私の方は、紙袋一つで間に合ったわ」


 茉清さんがあたしの抱えていた紙袋に手を伸ばして、積まれていたチョコを紙袋に移していく。

「紙袋、多めに持ってきておいて良かったよ」
「あはは……みんなにお裾分けする分、手持ちは少なくなるかなって思ってたんだけどね……」


 茉清さんはチョコをある程度移し終えたところで、あたしの抱えていた紙袋を受け取って床に降ろしてくれた。手持ちの紙袋も床に下ろし、一息吐いて腰を擦っていると。

「何、これ〜!?」
「銀の姫君の人気の凄さ、恐るべしですわ。私は朝一番に来たからこれが積み上がるのを見ていたけれど、みんな器用に積んでいくのだもの」


 余程驚いたのか、千早が素の声で叫んでいた。今まで前が見えない状態だったから、自分の机の状況が良く見えなかったんだろう。こよりさんが、千早の抱えていた紙袋を受け取りながら説明していた。
 あたしの机に載っているチョコよりも数が多くて、サイズの大きいジェンガみたいになってる。それでも去年お姉さまに机に積まれたと云う『塔』よりはマシなんだろうけど。
 下手に触ると崩れそうなチョコの石垣の前で、さてどうやって片付けようかと考える。

「まあ、上から順番に解体するしかないよねぇ」
「手伝うよ」


 ちょっと行儀が悪いけれど、椅子の上に立ってチョコの石垣の一番上に手を伸ばす。そうして最初の一個を茉清さんの持っていた紙袋に入れたところで、始業のベルが鳴ってしまった。

「はい、みなさん席に付いて――は、無理みたいですね、やっぱり」

 教室の扉が開いて緋紗子先生が入ってくる。でも、あたしと千早の机を見るなり苦笑して肩を竦めてしまった。ホントご苦労様です、なんて軽口が出そうになる。

「す、済みません、先生。直ぐ片付けますから」
「ああ、妃宮さん、別に構わないわよ」
「えっ?」


 先生に謝りながら、慌ててチョコを紙袋に押し込もうとする千早。先生は千早を止めると、毎年恒例の事情を話し始めた。
 エルダーに渡されるチョコは、渡したみんなも了承の上でクラスのみんなに分配されること。そうなった経緯や、今日ばかりは教師陣もそれを認めて授業が中止になることなど。
 まあね、これだけ大量のチョコを一人で食べたりなんかしたら、絶対に身体を壊すもんね。中には日持ちしない生チョコなんかも有ったりするし、食べられないからって捨てるのも失礼だしね。

「そう云うわけなので、今日はみなさんの力も借りて、チョコの仕分けをするように。……先生に分けてくれても良いのよ?」
「あはっ……寮に帰ったらお裾分けします」


 最後に悪戯っぽくウインクしてから教室を出て行く緋紗子先生。あたしはその背中に声を掛けてから、みんなに向かって頭を下げた。

「それじゃみんな、申し訳無いけど手伝ってくれるかな。エルダーを出した教室の義務だと思ってさ」
「み、みんな、お願いします」


 千早があたしに続いて頭を下げる。それに対するみんなの返事は、楽しそうな笑い声だ。

「そんなに畏まらなくても良いんですよ、二人とも」
「そうそう、お姉さま方はチョコの片付けを手伝ってもらって嬉しい、私たちもチョコを分けて貰えて嬉しい。損をする人は居ないのですから」
「義務と云うよりは権利ですよね」


 ……ホントまいっちゃうよなあ。良い人たちばっかりだよね、うちのクラスはさ。
 三年になったばかりの頃は、あたしや千歳に対してアイドルでも見るような目をしてたもんだけど、今は同じ目線のクラスメイトとして見てくれている。

「それはやっぱり、薫子さんや千歳さんが親しみやすいからですよね」
「聖さん、それって褒めてる?」
「勿論ですよ」
「私が云えた義理じゃないだろうけれど……傍に誰かが居れば、お互いに影響を与え合うってことじゃないのかな」


 茉清さんはそんなことを云って、聖さんに優しく微笑みかけた。何と云うか、惚気ですね、はい。まあ今年一年の茉清さんの変わりっぷりを見れば、聖さんの影響がどれだけ大きかったか分るけどさ。
 あたしたちがそんなことを話している間に、教室の机が並べ替えられて、チョコがその上に広げられていく。これから一つずつ差出人の名前を確認して、中のチョコをみんなに分けていく訳だ。

「よし、それじゃあ始めましょうか。名簿係は何方が?」

 バレー部のキャプテンなんて立場だった故か、こよりさんがみんなの纏め役になって声を上げた。

「あ、私がやります。名前に関しては、やっぱり受付嬢がやらないと」
「あはっ、それじゃ聖さんにお願いしますね。薫子さんと千歳さんは、開けた箱からちゃんと自分の分を確保して下さいね?」


 聖さんがルーズリーフを取り出して、差出人の名前を書き留める準備をする。しかし、名前を読み上げるだけでも大変だよなあ。二人分のチョコを合わせると、下手をすれば全校生徒の数よりも多くなるかもしれない。

「あっ、そうだ。これを忘れてました」
「……タッパー? 何で?」
「勿論、チョコを入れるための箱ですよ」


 ああ、うん。確かにそう云う物も必要になるよね。あたしと千早は乾いた笑いを浮かべながら、聖さんが差し出したタッパーを受け取ったのだった。





 チョコの仕分けが終わらないまま、お昼休みのチャイムが鳴った。一人分ならまだしも二人分+α(茉清さんの分だ)の上に、休み時間毎に下級生の子がやって来てチョコを渡してくれるのだ。
 みんなの気持ちは有り難い。有り難いけれども……泣き言を云いたくもなるってものだ。

「だぁ〜……終わらん〜……」
「あはは……」


 あたしと千早は脱力して机の上に上体を投げ出した。あたしだけならまだしも、千早もこんな状態になるのは珍しい。クラスメイトの監視の中で告白と共にチョコを渡されるのは、精神的にかなり堪えたらしい。
 今までチョコを貰ったことが無いなんて云ってたんだから、それも仕方の無いことなのかもしれないけどね。あたしだって最初は千早がチョコを貰うのを見てモヤッとした気持ちになったけど、今の姿を見ると嫉妬する気も無くなるね。

「取り敢えず、お昼を食べに行こうか」
「そうだね……」
「あっ、ちょっと待って、二人とも」


 あたしとってのバレンタインはまだ前半戦なのだ。ちゃんとお昼を食べないと、親爺にチョコを作る前にバテてしまう。千早を促して席から立つと、茉清さんがあたしたちに手を振った。

「二人の分のお昼……と云っていいか分らないけれど、私たちから二人に渡すものが有るんだ」
「あたしたちに?」


 ふと気が付いて周りを見ると、お昼のチャイムが鳴ったのに、誰も教室の外に出て行かない。茉清さんの言葉からすると、何か食べる物を作ってあたしたちにプレゼントしてくれるらしいけれど。
 ……もしかして、チョコか? 良く良く考えると、あたしも千早もクラスメイトからチョコを貰っていなかった。みんなの分を一つに纏めてなんてことは十分に有りうる。
 ところが、実際はあたしの予想の遥か上だったりした。

「お待たせしました〜。直ぐ用意しますからね」
「薫子さんも千歳さんもちゃんと居るわね?」
「あれ、初音?」
「沙世子さんも……」


 教室の扉を開けて入ってきたのは、何故か初音と沙世子さんだった。あたしたちの姿を見て頷いた沙世子さんは、廊下に出て手を振っている。そして……それが現れた。

「はーい、場所を空けて下さーい」

 何人もの人間が、ケーキの乗ったカートを押して教室の中に入ってきた。カートの上面を占領している四角いケーキが、教室に入ってくる順番でどんどんと並べられていく。

「……こうして見ると、中々に壮観ね」
「あ、そこ、もう少し詰めて下さい」


 教室に入って来たカートは全部で12台。その全てにケーキが載っていて、そのケーキが綺麗に並べられた時……そこに出来上がったのは、あたしと千歳の肖像画が書かれた巨大なチョコケーキだったのだ。

「じゃ〜ん! どうですか、薫子ちゃん、千歳ちゃん!」
「三年生の有志によるバレンタインのプレゼントよ」


 初音たちの言葉が耳を通り抜けていく。何と云うか……言葉にならない。
 TVなんかでは、ケーキの表面に写真を元にした絵を書いたりするサービスが有ることは知っているけれど、これは手作りで絵を描いたんだろう。ブラックのチョコを下地として、ミルクチョコとホワイトチョコであたしと千歳の絵が書いてある。

「こ、こんなの作って大丈夫なの……?」

 千早が素に近い声で初音に尋ねている。話を聞くと、どうも緋紗子先生を始めとした何人かに話を通して、了承を貰っているらしい。先生にもケーキをお裾分けするのが条件なんだとか。
 予め作っておくにしても、保管する場所とか色々と協力して貰わないといけないだろうから……要するに、みんな揃って口裏を合わせ、あたしたちに内緒にしていたと云うことだ。

「どう、薫子ちゃん、千歳ちゃん。感想は?」

 初音がニヤニヤしながら尋ねてくる。呆気に取られているあたしの顔が楽しかったのかもしれない。何て云うかもう無茶苦茶で、感想なんて一つしか出てこない。

「いや、何て云うか……ぷふっ……笑うしかないって感じ……くくくっ……」
「あはは……そうだね……うん、嬉しいけど……」


 チョコケーキの表面で、あたしと千歳が顔を寄せて笑っている。それが、今は居なくなった千歳のことを、みんながちゃんと覚えていることの証に見えて。……勿論、みんなは千歳が居ないなんてことは知らないけれど。
 ……なんか、涙が出てきた。

「全く……馬鹿なんだから。ホント無茶ばっかり」
「……薫子ちゃん」


 みんな、千歳の子供っぽいところがうつっちゃったんじゃないの? 自然に流れる涙を、千早がそっとハンカチで拭ってくれている。気障なんだから……。
 みんながあたしたちを見ているのが分る。あたしはちょっと鼻声になりながら、改めて初音に尋ねた。

「要するに、これがお昼の代わりなんだね?」
「はい、そうですよ。三年生の殆どが作るのに協力してくれまして。ここで写真を撮ってから各教室に配りに行きます」
「まあ、卒業アルバムには載せられないけれど、ちゃんと焼き増ししてみんなに配る心算だから」
「きゃ〜っ! 本当ですか!」
「私も欲しいです〜!」
「ひっ!? な、何?」


 廊下の方から上がった声援に驚いて身を竦める。視線を向けると、開いたままだった教室の扉から、下級生の子たちがこちらを覗き込んでいた。きっとケーキの行列を見て、気になって付いて来たんだろう。

「あ〜……ねえ、沙世ちゃん」
「……失敗したわ。最悪、全校生徒分の焼き増しが必要かも……」
「……云っちゃったものは仕方が無いんじゃない? それより、暴動が起きる前にさっさと写真を撮っちゃおうよ。ほら、どう並ぶの?」


 あたしは頭を抱えている初音と沙世子さんの肩を叩いて、面倒事を後回しにさせる。これ以上騒いでると、先生たちも注意しない訳にはいかないだろうし。

「そ、そうですね。えっと、薫子ちゃんと千歳ちゃんは、ケーキの前に座ってもらうとして……」
「クラスのみなさんはケーキを囲むように。あ、埃を舞うから静かに動いて!」
「もうちょっと詰めた方が良いのでしょうか?」
「全員が入る角度に合わせて下さ〜い」


 おっとと。みんな手回しが良いなあ。あたしは千早と一緒にケーキの前で中腰になり、教壇の上から斜めに見下ろすアングルのカメラを見る。教壇の上に三脚を立てるだなんて、無茶なことするなあ。

「ほら、初音と真行寺さんも前に並んで。エルダー選挙のファイナリストなんだから」
「あはっ……お邪魔しま〜す」


 沙世子さんに促された初音が、あたしの隣にやって来て中腰になった。茉清さんは千早の隣だ。

「それにしても、エルダー選挙か。なんか随分と懐かしいな」
「そうですね。今年も色々と有りましたから……薫子ちゃん」
「ん?」
「三年間、ありがとうね」
「……もう。そう云うのは後回しにしてよ。泣き顔で写るのは遠慮したいんだからね?」


 あたしは初音を肘で突いて黙らせる。さっき泣いちゃった分堤防が低くなってるんだからさ、そう云うのは止めてよね。あたしの呟きが聞こえたのか、初音は苦笑してからカメラの方を向いた。
 教壇によじ登るようにしてカメラの微調整をしていた沙世子さんが、カメラ用のリモコンを持ってこちらに戻って来る。

「それじゃ撮るわよ」
「あ、待って沙世ちゃん。やっぱりここはお約束じゃないと」
「……お約束?」
「そうそう。良い? いちたすいちは〜?」
「「「にー!!」」」




 初音の声に合わせて撮られた写真は後日、沙世子さんの予想通り、全校生徒に焼き増しされることになった。……ケーキと合わせて、どれだけの予算が必要になったのかね……?




**********


 次の話も明後日ぐらいまでには上がります。長かったのを二話分に分けているだけですので……。

 ケーキのサイズは、30cm角くらいのものを想像して下さい。それが12個となると、人数分で考えれば360人分ぐらいでしょうか?
 40人×8クラス+教師なら、まあ大体の計算は合うのではないでしょうか。
 掛かった費用は押して知るべし。市販で30cm角のケーキは1万5千円くらいだと思います。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
 AーOーTAKE様、今晩は。
花粉症を物ともせず早々の公開、お疲れ様です。
 さて、今回は想定内(ホリエモン仮釈放につき(;^_^A)。
EXに影響しない程度にカキコしてみます。

>あたしの方へと視線を移す<赤ら顔&(^^)だったのでしょうかねぇ。(以下略)(^_^;)

>ケーキ<恐ろしい量と手間暇ですねぇ。「最終決戦ケーキ」以上でしょう(;^_^A自由で楽しい学院生活が羨ましい(爆)
>千歳が居ないなんてことは知らない<千早の支えだけでは寂しいのかも。(皆が覚えていることは嬉しい面もあるはずだから)
 ところで、以前のカキコで「打倒親父」としましたが既に倒れ寝込んでいるし、(10日で緩和するならプチでしょうが)ぎっくり腰だから(愛娘に甘い)「腰砕け」だし(爆)。それでも薫子を唆した親父の「一人勝ち」!?
千早も天然薫子にのぼせている場合じゃない。頑張れひねくれ者!?

 次話も楽しみにしております。
ヨシハ
2013/04/01 00:36
ヨシハさん、今晩は。

今回の話は原作にかなり近い部分なので、さらっと流せる程度だと思います。申し訳ない。本当は二年生組のチョコを渡すシーンとか考えたんですが、そうすると文章量がちょっと厳しくなっちゃうので……EXで補完します。

ちなみにケーキの方ですが、360人分と言うのは一人1ピースの時の数。当然のことながら、カットケーキ一個でお昼が足りる訳も無く(笑)先程上げた第7話との間に、色々と有るのです。

では、またお越し下さい。
A-O-TAKE
2013/04/02 22:20
 AーOーTAKE様、回答有難うございます。

>さらっと流せる程度<いえいえ欠くことのできないお話ですよ!!「神は細部にこそ宿る」です。カキコ省略してましたがホント色々行間展開想像して、楽しんでいました。EX等に影響しないなら書いてみたい(;^_^A
>360人分…カットケーキ<確かに一人分は小さいでしょうが、それでも恐ろしい量と手間暇。恐るべしバレンタインパワー(;^_^A

年度末の御多忙にお疲れがでませんように。
ヨシハ
2013/04/03 05:52
ヨシハさん、今晩は。
こっちにコメント有るの気が付かなかったっす。

私、ウエディングケーキの構造は分からないので、普通のケーキを大量に作るのとどちらが大変かは分かりかねます(笑)
まあ、だからこそ、長方形のケーキの形にしたんですが。

EXには書きませんけど、冷蔵庫の有る教室(家政科室とか、茶道部とか、職員室とか?)を最大限に利用して、当日の朝にこっそり作業してたんだと思います。だってこんなケーキ作っても保存しておく場所が無いもの(爆)
実際、ちょっと無茶しすぎたかなと思ったり。
A-O-TAKE
2013/04/03 22:54
両エルダーの肖像画つきケーキ、このシーンは挿絵つきで見たいくらいです。
原作では見れなかった学院でのバレンタイン終了後薫子個人としての行動。朝に弱い薫子さんが早朝に行動したのは予想外でしたがそこまで書かれているのがいいですね。
四川響 光
2014/03/09 17:51
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