A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜7

<<   作成日時 : 2013/04/02 22:12   >>

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 そろそろ、このシリーズも終わりです。

 思えば結構長く続きました。自分の筆が遅いのが原因ですが。

 PSP版のネタバレが後書きに有りますので注意のこと。

**********



 みんなの心が籠もったバレンタインのケーキを食べて――それだけじゃ足りなかったのでお昼も食べて――気合も十分、寮へと戻って来たあたしたち。
 あたしにとっては、もう一つの大きな山が残っている。そう、絶対に負けられない戦いが、そこにはある。

「随分と余裕が有りそうな口振りじゃない?」
「そんなこと無いってば。景気付けの自己暗示みたいなもんよ」


 あたしは自分の部屋で、香織理さんに洋服のコーディネイトをして貰っていた。ブラウスに冬用のカーディガンとロングスカートの組み合わせは、お姉さまがあたしに似合うからと云って選んでくれたものだ。これに黒タイツを追加して、髪を首の後ろで纏めてリボンで締める。
 これにこの間買ったエプロンを合わせて、鏡の前に立ってみる。……う〜ん。

「わ〜お。馬子にも衣装だわね」

 戯けて云う香織理さん。自分でもそう思わなくも無いけど、人に云われるとイラッとする。そりゃあ自分で服を選べ無かった時点でアレかもしれないけど、この服を選んだ香織理さんにも責任は有るでしょ!

「どうせ女らしい格好は似合わないって云うんでしょ?」
「あら、そんなに拗ねないで。悪かったわよ。服に着られているってほどじゃないし、エプロンを着けると若奥さまみたいよ?」
「……わか、おくさま……」


 そうかな。若奥さま……千早の……中々良い未来予想図じゃないか。ふへへぇ……。

「こら、戻ってきなさい」
「いたっ」


 想像の中で千早とラブラブしてたら香織理さんに叩かれた。真っ赤な薔薇と白いパンジーまで行ってたのに……。

「前にも云ったと思うけれど、こう云うのは何度も試行錯誤しながら経験を積んでいくしかないの。彼に良いところを見せたいなら、ちゃんと努力しなさい」
「うっ……は〜い……」


 一人暮らしを始めた後で、例えばデートの度に誰かを呼んで服を選んでもらうなんてことになるのは、あたしだって遠慮したい。今までしてこなかったこともちゃんと勉強しなきゃね。

「まあ、男の人の場合、興味が有るのは服よりも中身の方だろうけれど?」
「ちょっ、そう云うこと云わない!」
「ふふっ……でも、『そう云うこと』になったとしても、下着ぐらいはちゃんとしたものを選ばないとね」


 う〜……勝負下着とか、どんな風に選ぶのか分からないもん。そもそも、自分で脱ぐのか相手が脱がすのかで変わるだろうし……って、何考えてんだあたしは。今はそれどころじゃないでしょ!

「と、取り敢えず、みんなにも見てもらって変なところが無いか確認してもらおうよ」
「そうね。もう、いい時間だし。……忘れ物は無い?」
「うん、大丈夫」


 チョコ作りの為に必要な道具は、既に纏めて鞄に詰め込み、食堂の方に置いてある。念の為に史ちゃんに最終確認をしてもらったので、そっちの方は心配しなくてもいいだろう。
 あたしは最後に部屋の中を見回してから、香織理さんと一緒に食堂へと降りていった。

「みんなお待たせ。薫子の準備が出来たわよ」
「あ〜……っと、どうかな、みんな?」


 香織理さんに促されて、みんなの前でファッションモデルのように一回転する。改まってこういうことをすると、結構恥かしいなあ。

「わぁ、薫子ちゃん、良く似合ってますよ」
「うん。かおるこ、格好良い」


 真っ先に褒めてくれるのは、初音と優雨ちゃんの二人。優雨ちゃんはお世辞とか云うタイプじゃないので、格好良いと云ってくれるのなら大丈夫だろう。
 沙世子さんと陽向ちゃんは、「へ〜」とか「ふむ」とか気の抜ける言葉を漏らすけど、特に感想らしいことは云わない。反応からすると悪くは無いだろうけれど。
 お茶を配膳していた史ちゃんは、慌てずにみんなお茶を食卓に置いてから、静かにあたしの周りを回った。

「薫子お姉さま、リボンが曲がっております」
「え、そう?」


 この手のチェックに一番厳しい史ちゃんの目が、髪を纏めているリボンを獲物にした。あたしに見えないところで手が動き、リボンの位置や結び目を調整している。

「綺麗に結ぶのは慣れが必要ですから。……これで宜しいかと思います」
「ありがとね。首の真後ろだから、鏡を見ても良く分からなくてさ」


 後ろ手になる上に、首の真後ろになるから鏡を二枚使っても分り難い。結び目が縦になるようなことは無いけれど、髪の毛なんて不安定なものを縛るのは大変だよね。
 それで、肝心の千早はと云うと。

「良いんじゃないかな。可愛いですよ、薫子さん」

 男の目から見て大丈夫なら問題無いよね。可愛いって褒められるのは慣れてないから、かなり恥かしいけど……そっか、可愛いか……えへへ。

「ん〜……でも、料理をするとなると、首元よりも毛先に近いところで纏めた方が良くはないですかね? でないと、こう、ぶわっと」

 陽向ちゃんが、手の動きで髪の毛が広がる真似をしてみせる。う〜ん、そうだろうか。チョコ作りの練習のときはそんなに気にならなかったけどなあ。
 あたしが身体を振って髪の毛の広がり方を見ていると、陽向ちゃんが失礼しますねと云いながらリボンを解いて、腰の下辺りの位置に結び直してしまった。

「どうですかね?」
「う〜ん……悪くはないけど……」


 なんだろう、どっかの漫画かアニメで見たような感じだ。腰元辺りにリボンが有った方が可愛く感じるけれど、普段は纏めない位置で髪を縛った為か、頭を振ると髪の毛に引っ張られる感じがする。

「遠心力で引っ張られるからよ。まあ、その辺りは個人の好みで良いのではないかしら」
「あたしとしては、頭が軽い方が良いなあ。ゴメンね、陽向ちゃん」
「いえいえ。では戻しますね〜」


 陽向ちゃんは屈託なく笑いながら、リボンを元の位置に結び直す。結構手馴れてるけど、誰かの髪を色々弄ったりしているんだろうか。……と、ふと気が付いて、あたしと同じストレートロングの優雨ちゃんに視線を向けた。

「薫子ちゃんの髪の長さなら、自分の髪でリボン型に編み込むのも出来ますね。やっぱり羨ましいなあ、ロングのストレート……」
「初音は髪が柔らかすぎるものね。私も癖っ毛だし」
「……」


 そんなことを愚痴りながらも、いつの間にか胸元に招き寄せた優雨ちゃんの髪型を色々と弄っている二人組。お〜い、今はあたしの方を見てよね〜。

「薫子お姉さま、そろそろ出発の準備を。時間に遅れると、相手の印象が悪くなってしまいますので」
「あ、もうそんな時間か」


 なんか慌しい感じになっちゃったけど、まあ仕方が無い。史ちゃんが持ってきてくれた鞄の中身を確認して、外したエプロンを一番上に詰める。
 色々な物が入っている鞄を持って玄関へと向かうと、みんな揃って付いて来てくれた。……何も云ってないのにみんなで見送ってくれるのが、ちょっと嬉しい。
 靴を履いて玄関に立ち、みんなの方を向いてちょっと苦笑い。照れ隠しだってのはみんなにも分るだろうけどね。

「ところで薫子ちゃん、今日は帰ってくるの?」
「ん〜……晩御飯は無理だろうけれど、ちゃんと帰ってくる心算だよ。あんまり遅くなるようだったら連絡するから」
「分かりました。それじゃ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
「頑張って下さいね」
「薫子お姉さま、ふぁいとっ」
「事故に気を付けてね」


 口々に励ましてくれるみんなに手を振り、史ちゃんの切火に大袈裟なものを感じながら、しっかりと一歩を踏み出した。

「よ〜し、やっちゃるぞ〜!」





 あたしを出迎えた順一さんは、あたしの格好を見て驚いていた。そりゃ滅多に穿かないスカートだけど、そんなに驚くことはないと思うんだけどなあ。まあ、逆に云うとそれだけ女らしい印象を与えられるのかもしれないけれど。

「お嬢、その格好はどうしたんで?」
「ふふ……作戦その一、先ずは形から入る!」


 胸を張ってそう云うと、途端に呆れたような顔に変わってしまった。何だよもう、こっちだって電車の中とか視線を集めまくりで恥かしかったのに、我慢してここまで来たんだぞ!

「なら、こっちに着いてから着替えれば良かったじゃないですか」
「あっ……」


 そ、そうだった。……いや、自分ではちゃんと着こなせるかどうか分らないから、これで良かったと思うことにしよう。誰彼構わず見られまくったお陰で、親爺に見られても恥かしくなることはないだろうから。
 あたしは順一さんに続いて家の中に入り、そのまま真っ直ぐ厨房を目指す。途中、何人かの男衆とすれ違ったけど、みんな驚いた顔をしていたのがちょっとだけ気に障った。
 厨房に入ると、いつもと違って空気が暖かいのに気が付いた。気を利かせてくれたのだろう、厨房の隅っこにストーブが置かれていた。

「親爺、お嬢が来ましたぜ」
「おう。やっと来たか」
「えっ……?」


 掛けられた声に驚いて思わず声の方を振り向くと、厨房から見える食堂の中、親爺が食卓に付いてこっちを見ているじゃないか。くっ……不意打ちだ。あたしの格好を見て親爺がどんな反応をするか、ちょっとだけ楽しみだったのに。
 あたしの気持ちを他所に、お茶を飲んでいたらしい親爺はゆっくりと立ち上がって、そのまま厨房に入って来た。

「遅かったな。逃げ出したりしなかったようで何よりだ」

 あ、ムカッと来た。いきなり喧嘩を売るか、親爺め。

「まだ約束の時間じゃないでしょ。親爺がそんな調子なら、この勝負はあたしの勝ちだね」
「あん?」
「ふふん。あたしの手作りチョコが楽しみだったんでしょ?」


 それに、空腹は最高の調味料って云うしね。あたしのチョコを食べて美味しさに涙すると良いわ! ……んんっ、何か変なキャラが混ざってしまった。
 手に持った鞄を大きな調理台の端に置いて、中からエプロンを取り出した。首に掛けて後ろの紐を結び、髪の毛をエプロンの外側に出す。おっと、そう云えば手洗いとか忘れてたっけ。
 手洗いとうがいを済ませてタオルで手を拭いていると、ステンレスの反射越しに親爺と順一さんがこっちを見ているのに気が付いた。

「あ〜、二人ともさ。準備の段階からそんな風に見られても気になるんだけど」
「……気にするな。こっちは手際の確認もしてるだけだ」
「ふ〜ん。見てても面白くないと思うけどね」


 鞄の中から道具を順番に取り出して、調理台の上に並べていく。親爺が見ているのが分るのでちょっと緊張するけれど、史ちゃんは道具の取り出しやすさとか、使う順番とかも考えて鞄の中に詰めてくれたようで、特に戸惑うことは無かった。

「さて、それじゃ始めるよ」
「おう」


 一つ深呼吸をしてから、目の前の道具に手を伸ばす。大丈夫だ、練習通りにすれば問題は無い。取り敢えずはお湯を沸かすところからだ。この厨房には電気ポットなんて便利なものは無いからね。
 トリュフよりもチョコタルトの方が冷えるまでの時間が必要なので、チョコタルトから先に作る。とは云っても、タルト生地は既に作って有るので、ガナッシュを作って流し入れるだけなんだけど。
 型に嵌ったままのタルト台をタッパーの中から取り出すと、親爺が首を傾げて尋ねてくる。

「ん? そりゃ出来合いのものか?」
「ちゃんと自分で作ったものだよ。型に入れて押し固めるの」


 砕いたクッキーに溶かしたバターを混ぜて、と説明すると一応は納得したらしい。触っちゃ駄目だよと注意しておいてから、生クリームを沸騰させる為に鍋を火に掛ける。
 タルト用のガナッシュはトリュフ用と違ってあっさりした感じにする為、生クリームの種類を変えて作る。あたしには良く分からないが、生クリームの脂肪分で味が大きく変わってくるらしい。
 隣で沸かしているお湯の温度を確認して火を止めてから、沸騰した生クリームをボウルに入れたチョコに掛けて溶かしていく。手早く、しかし丁寧に溶かしていって、完全に混ざったところで隠し味の日本酒を一匙。
 後はこれを、零したりしないように注意しながらタルト台に流し入れる。

「よっ……と」

 親爺が注視している前で、丁寧にガナッシュを流し入れる。ヘラで掬って最後まで流し入れてから空気抜きをして、粗熱を取ってから冷蔵庫へ入れる。後は食べる前にココアパウダーを振り掛ければ完成だ。

「完成か?」
「まだだよ。冷やして固めてから。何? お腹空いた?」
「別にそう云うことじゃねえが……」
「まあ、もうちょっと待っててよ。もう一品作るから」


 あたしがそう云うと、親爺はちょっと驚いたように片眉を上げた。強面の親爺がやるとちょっと怖い表情だけど、昔から見ているあたしには大したことは無い。

「何を作るんだ?」
「トリュフだよ。ほら、どうせ男衆にも上げなきゃいけないでしょ?」
「あん? いや、あいつ等は……」
「何。独り占めする気?」


 ニヤリと意地悪く笑ってみせると、親爺は眉を寄せて黙り込んだ。半分は冗談の心算だったんだけど、もしかして図星だったんだろうか。

「ほら、お腹空いてるなら、これでも食べて待っててよ」
「何だ、こりゃ?」


 あたしはちょっと変な空気になったのを誤魔化すように、タルトの飾りに使う心算だった薔薇の形のマジパンを親爺に渡した。……いかん、何やってんだあたしは。あんなの腹の足しにならないじゃん。

「さ、さて。それじゃトリュフを作りますかねっ、と」

 ガナッシュを作るのに水分が混ざるのは厳禁なので、あたしは新しく二つのボウルを取り出してからトリュフ作りに取り掛かった……。





「そろそろ終わりか?」
「もうちょっと待って」


 チョコ作りを始めてから一時間ほどが過ぎた。トリュフは冷蔵庫の中で冷やし中で、チョコタルトの仕上げに入っている。トリュフを作ったときに余ったホワイトチョコで、ちゃんとタルトの上に文字も書いたし、何とか失敗も無く終わりそうだ。
 ちなみに、文字は定番の「I LOVE YOU」だ。筆記体で書くと大変なので普通に書いた。
 タルトを型から剥がして皿に移す。良く冷えているのでタルト台が崩れることも無く、綺麗に移すことが出来た。あとはこの上にココアパウダーを振って、カラーシュガーとマジパンで飾り付けをする。

「これで、完成っと」
「ふむ……」


 ……ふう。やっぱり目の前で見られていると緊張するな。
 後はトリュフを冷蔵庫から出して、ココアパウダーを敷いたパッドの中に転がして塗すだけ。こっちも冷えて硬くなっているうちが勝負なので、手早くパウダーを纏わせてから皿に移す。
 トリュフは男衆の分も含めて結構な量が有るので、食べない分は冷蔵庫へ戻した。さて、これは誰の腹の中に納まるのかな?

「はい、親爺の分だよ」
「おう」
「こっちは順一さんの分ね」
「ありがとさん」


 親爺とは違って嬉しそうに笑ってくれる順一さん。う〜む……前にも思ったけど、順一さんってチョコをくれるような彼女さんは居ないんだろうか……。
 礼を云って受け取った順一さんだけど、流石に親爺が食べる前に手を付ける訳にはいかないので、じっと黙って待っている。

「親爺。検分するのは良いけどさ……」
「もうちょっと待て」
「親爺、こういう言葉を知ってる? The proof of the pudding is in the eating」


 あたしが英語を喋ったことに驚いたのか、親爺は一瞬だけきょとんとした表情を浮かべた。プリンの味は食べれば分かる……つまり、日本語で云うところの『論より証拠』。これは中学の時の家政の教科書の表紙裏に書いてあった言葉で、物珍しくて覚えていたのだ。
 親爺も言葉の意味は知っていたみたいで、鼻を鳴らして皿を眺めるのを終わらせた。やれやれ、これでやっと紅茶を淹れられるよ。
 トリュフを口に入れて味わっている親爺の前に、史ちゃんにアドバイスしてもらったチョコに合う紅茶を差し出す。

「はい。チョコタルトとトリュフは味が違うから、一度紅茶で口をスッキリさせるといいよ」

 ふふふ……どうだ、これで完璧だぞ。
 親爺と順一さんは黙って食べてるけれど、顔を見ればそれなりに満足しているのは分かる。手順通りに作れば、漫画やアニメのような食べられないチョコになんてなる筈も無いのだから、当然と云えば当然なんだけれどね。

「……ふむ」
「いやあ、中々に旨かったですよ」


 暫くの後、二人はチョコを食べ終えて満足したように頷いた。順一さんの素直な言葉がちょっとこそばゆい。あたしは二人の前に紅茶のお代わりを置いて、親爺の評価を待った。

「……まあ、手際も良かったし、味も悪くは無いな」
「ホント?」
「別に、世辞を云う必要は無いだろう」


 そりゃそうだ。でもそうなると、これは親爺の評価としてはかなりの高得点なんじゃないだろうか。順一さんも親爺の言葉を聞いてホッとしているみたい。
 ……でも、安心するのはまだ早かった。親爺の言葉には続きが有ったのだ。

「だが、点数としちゃ五十点ってとこだな」
「え……な、何で?」


 それって半分じゃん、と文句を云おうとしたあたしだけど、その前に親爺がスッと指を上げて、調理台の一方を指差した。

「料理ってのは、後片付けまで済ませて終わりだろう? 食器や道具を洗うのは後回しにするとしても、他の物を出しっ放しってのは良くないな」

 確かに親爺の云う通り、調理台の上には使い終わったコルネやら、軽量カップやらが置いてある。作る速さを優先していたので、使い終わった道具は纏めて端に寄せておいたのだ。

「チョコ作りは手早くやらないと固まったりして大変だから、そこら辺は後回しにしていただけだよ。親爺のは屁理屈じゃんか」
「何を云ってやがる。使ったら片付けるってのは当たり前のことだろう。俺たちがチョコを食ってる間に片付けりゃ良かったじゃないか」
「そんなあ……!」


 うぐぐぐぐ……っ! 親爺の云うことにも一理有るから、反論するのが難しい。親爺が食べてる姿を眺める前に、道具を流しに移しておくくらいは出来たんだから。
 ああ、前にも有ったじゃないか。道具や材料を出しっ放しにしていた所為で、千早がチョコを作っちゃったことが。あのとき千早も云っていた。後片付けをしなかったあたしが悪いと……!

「ううっ……でもさあ、やっぱり、折角作ったものを食べてもらうんだから、反応を見たいじゃんか」

 あたしは唇を尖らせて、少し鼻声になった状態で文句を云う。あれだけみんなに協力してもらって結果が五十点とか、どうすりゃいいってのよ……。

「親爺……」
「む……」


 順一さんが非難するような目で親爺を見る。結果が出てしまった以上、頼りになるのは順一さんだけだ。頑張れ!
 眉を顰めて黙する親爺。それを見詰めるあたしと順一さん。暫くの間、静かな時間が続いた。拗ねた涙目でどれだけ見詰めただろう。親爺が大きく溜め息を吐いた。

「仕方ねえな」
「……親爺、それじゃ?」
「いいや、約束は約束だ」


 伺うような順一さんの声に、親爺は不機嫌な声で首を振った。あたしの体から力が抜ける。駄目だったか……。

「約束は、俺を納得させるようなもんを作れ、だったからな。チョコの味に関しては文句は無い」
「えっ!?」
「ただし、だ!」


 何? 上げて落とす心算? そんなことされると、あたしは動けなくなっちゃうよ!?

「見合いやら花嫁修業やらは必要ない。だが、後片付けも碌に出来ないんじゃあ、一人暮らしさせるのは不安が残る」
「そ、その心は……?」
「……薫子。一応聞いておくが、うちから大学に通うつもりは無いんだな?」


 親爺が真面目な表情をしてあたしを見詰める。ここは、ちゃんとした答えを返さないと駄目だね。親爺に嫌われるかもしれないけれど……。

「……無いよ」
「何故だ?」
「……そりゃ、以前程この家が嫌いな訳じゃない。でもさ、それでも……旨く云えないけど、あたしは友だちを呼べる家が良いんだよ」


 あたしの言葉を聞いて、親爺が黙り込んだ。何を考えているのかはあたしには分からない。怒ったのだろうか?
 でもこれが本音なんだ。こんなことを云うのは生意気かもしれないけれど、この家は聖應の学生寮のようには出来ない。あたしがこの家を好きになることが有ったとしても、この家に友だちを呼ぶのは無理だろう。
 ……あたしはもう、ひとりぼっちで寂しいのは嫌なんだ。

「そうか……」

 親爺は呟くように云うと、もう一度大きな溜め息を吐いた。数秒の間目を閉じてから、あたしの目を真っ直ぐに見る。

「一人暮らしじゃなく、誰かと一緒に住むこと。週に一度くらいは連絡をすること。これが条件だ。いつまでもお前に順一を張り付かせてる訳にもいかないから」
「えっ!? い、良いの!?」
「嘘は云わん」


 あ……や、やった! ギリギリって感じだけど、それでもOK!

「ありがとう、親爺!」
「む……」


 いやっほう! 早速寮のみんなに連絡しなくっちゃ……って、いやいや、その前にここを片付けないと。落ち着け、落ち着け。
 ふふふ〜ん♪ ゴミは纏めて袋に詰めて、こびり付いてるチョコは綺麗に洗って〜と♪

「……ったく、現金な奴だ。鼻歌まで歌いやがって」
「ま、良いんじゃねえですかい?」
「ん〜? 何か云った〜?」
「……何でもねえよ」








 後片付けを済ませて家を出る頃には、夜空に綺麗な月が浮かんでいた。この間と同じように順一さんが駅まで付き添うと云うので、あたしはそれに甘えることにする。

「でも、そうか。順一さんにボディーガードされるのも、あと少しなんだね」
「何だ、名残惜しいとか云うんですかい?」
「あはは……中学の時からだからね」


 順一さんには、本当に世話になったからね。お返しには全然足りないだろうけれど、チョコを上げられて良かったよ。一時期は本当のお兄さんの様に思っていたしね。

「順一さんの方はどう? 清々したとか云う?」
「云わないですって。……ま、手の掛かる奴ほど可愛いって云いますが、そんな感じですかね」
「む〜……」


 可愛いって云われても、その云い方は全然嬉しくないな。あたしの膨れ面を見た順一さんは大きく笑って、それからあたしの持っている鞄を攫っていった。

「今から寮に戻っても飯は無いでしょ? どこかで食っていきましょうや」
「うん……そうだね」




**********

 絶対に書かれないだろう、この話の裏話的なもの。

 玄蔵が薫子の一人暮らしに反対なのは、親として心配なのは勿論ですが、気が強くて意地っ張りな薫子が、実際は結構な寂しがりやだと知っているからだったりします。
 PSP版で語られていますが、薫子の母・靜香は、親に捨てられたことから来る心労が原因で倒れてしまい、玄蔵は靜香を支えきる事が出来ませんでした。
 その為、薫子は極力独りにならないようにと考えています。見合いの話も、結局のところは早く家庭に入れてしまって、独りにならない状況にしようと考えたからだったりします。

 ……つまり、「薫子に男が居る」と言う状況は、親としては複雑では有るけれど、願っても無いチャンスだと思っていたり(笑)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 AーOーTAKE様、お早うございます。
 前回に引き続き今回も楽しませていただきました。
>このシリーズも終わり<何事にも終わりはつきもの。穏やかな予定調和が人を安心させてくれるので致し方ないですが、活き活きとした登場人物の活躍に触れて元気を貰っていたので寂しいデスネ(TT)
>史ちゃんの切火<銭型平次みたいですが、無口な史ならではの応援ですね。時代劇好きかな(^_^;)
>先ずは形から入る!<折角の衣装が台無し!馬脚が現れたら呆れられますよねぇ。更に気付いてない所はもはやあっぱれ。千歳の面倒をみなくなって天然パワー全開なのかな、恐るべし(;^_^A
>親父:食卓に付いて〜「逃げ出さずに」<寝込んだ気配を感じさせない為に無理してますねぇ。
>約束は約束だ<やはり「一人勝ち」。出来るだけ様々かつ先行きの事を考え、より望ましい結果に導く所から、玄蔵さんの在り方が推察できました。
 そんな良き父でも片親子育ては難しかったんですねぇ。合掌^_^;)
>誰かと一緒に住むこと<う〜ん、ツッコみたい(爆)
でもEXや卒業後話を楽しみに我慢します(;^_^A

 春眠せず次話も楽しみにしております。
PS.恵みの雨で花粉黄砂PM2.5が浄められますように。
ヨシハ
2013/04/03 05:23
ヨシハさま、今晩は。

>史の切火
曾祖母のまさ路さんに教わったんだと思います。まあ、史は何でも知っている的なキャラですが(笑)

>薫子の服
まあ、順一相手なので甘えているところも有るでしょう。半分は照れ隠しのようなものでしょうが。制服以外のスカート姿は、順一も殆ど見たことが無いと思います。

>誰かと一緒に住むこと
……また誘導されてますよ、薫子さん! と千早が聞いていたらそう忠告したでしょう(笑)

では、次はEXでお会いしましょう。
A-O-TAKE
2013/04/03 20:59
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