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zoom RSS 妃宮さんの中の人 あふた〜EX

<<   作成日時 : 2013/04/09 21:56   >>

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 二年生三人組メインの話。

 この三人は動かしやすいけど主役を喰っちゃうので。結果的に出番が少なくなりましたね。残念!


**********



 聖應女学院の本校舎、その中央階段の踊り場に有る窓からは、校門まで続く桜並木を見ることが出来る。桜の開花時期には絶好の鑑賞スポットとなるこの場所は、当然ながら登校してくる生徒たちも良く見えた。

「お姉さま、受け取って下さい!」
「ありがとう」
「お慕いしております、お姉さま!」
「ありがとう」


 窓の下の喧騒は、エルダーの二人にチョコレートを渡す少女たちの声。窓越しでも良く聞こえるその声に、その光景を見下ろしていたケイリが苦笑した。

「いや、凄いね」
「そうだね。これは、教室まで来るのはまだまだ時間が掛かりそう」


 相槌を打つのは淡雪。しかし、眼下の光景に苦笑する二人の手にもチョコレートの箱が有るのだから、他人事のように云うのは良くないだろう。
 尤も、そんな感想を抱く三人目の少女――雅楽乃の手にも、二人が持つものと同じような箱が有ったりするのだが。
 そう、今日はバレンタインデー。三人は教室に入る前の薫子と千歳に直接チョコレートを手渡そうと、踊り場で二人が登校してくるのを待っていたのだった。

「直接に手渡したいとは思いますが、あれだけ大量のチョコレートを持っているとなると、ご迷惑になってしまいますね」
「そうだね。持ちきれないのに渡したって仕方が無いもの」


 朝のうちに直接手渡すのを諦める淡雪と雅楽乃は、踵を返して自分の教室へと戻り始める。そんな二人の後に付いていくケイリは、ふと去年のことを思い出して口に出した。

「しかし……去年、奏のときにはこんな風じゃ無かったのだけれど」
「ああ、それは……奏さまはほら、体が小さいから……」


 淡雪は言葉を濁しながら、同じように去年のことを思い出した。先代エルダーの周防院奏は、薫子たちのように生徒からチョコレートを押し付けられるような状態にはならなかった。
 それは、姫を守る騎士のように薫子が奏の傍に居たこともあるが、奏の体の大きさを考慮して生徒たちが気を使っていたからでもある。その分、直接渡されなかったチョコレートは教室に積み上がることになったのだが。

「ああ、持ちきれないと分かっているから、遠慮したと云うことですか。……ふふ、それを聞くと、薫子が落ち込みそうですね」
「どうせあたしはみんなから遠慮してもらえないデカ女よ、みたいに?」
「まあ、雪ちゃんたら……」


 淡雪の物真似が壷に入ったのか、雅楽乃が口元を押さえて楽しそうに笑う。去年までならば、全校生徒の尊敬を集めるエルダーに対しての態度ではないと、周囲から叱責されたかもしれない。このようなことを口にすることが出来るのが、薫子の親しみやすさなのだろう。

「薫子は気にしすぎだと思うのですけれどね。私とそれほど差が有る訳でもないのに」

 そんなことを云って肩を竦めるケイリの身長は、薫子と同じく170cmを超えている。ちなみに淡雪は165cmで、普段のしゃんとした態度で背が大きく見える雅楽乃は、実は160cmに届かない。

「しかし、どうしますか? 私としては直接に手渡したいところですが」

 一通り笑い終わった雅楽乃は、ケイリと淡雪に問い掛ける。

「そうだね……教室に置いてきてそれで終わりってのは、ちょっと勿体無いかな」
「私もその意見に賛成かな。やはり、物だけじゃなくて思いも伝えたいしね」
「では、お昼休みにお姉さま方に渡しに行くと云うことで、宜しいでしょうか」


 二人は雅楽乃の声に頷くと教室への歩みを早める。階下からは、漸く校舎の中へと入った二人のエルダーに、チョコレートを渡そうとする少女たちの声が聞こえ始めていた。





 そして、昼休み。

「……ど、どうしよう……」
「……これは予想外でした」


 呆気に取られた声を出しているのは淡雪と雅楽乃である。何故二人がそんな声を出しているかと云うと、薫子たちの教室――3−Cの扉の間から巨大なケーキの姿を見てしまったからだ。
 雅楽乃と淡雪は華道部の代表として修身室の管理をしている関係上、三年生がケーキを作っていること(修身室の冷蔵庫が使われていた)までは知っていたのだが、それがこれほど大量に有るとまでは知らされていなかったのだ。

「まあ、卒業アルバムには載せられないけれど、ちゃんと焼き増ししてみんなに配る心算だから」
「きゃ〜っ! 本当ですか!」
「私も欲しいです〜!」


 教室の中から聞こえてきた沙世子の声に、淡雪たちと同じように廊下から教室の中を見守っていた生徒たちが一斉に喜びの声を上げる。

「やれやれ。これじゃ暫くの間は、薫子たちに近付くのは無理のようですね。先に昼食にしませんか?」

 耳を押さえながら首を振るケイリ。淡雪と雅楽乃はケイリに言葉に従って、教室の前からそっと離れるのだった。
 階段を下りて食堂への廊下を歩く。3−Cの前に生徒が集中しているからか、昼時だと云うのに階下の廊下は人気が少なかった。

「ずっと聖應に通ってるけれど、高等部の空気ってやっぱり独特だよね」
「そうですね。みなさん、何と云うか……そう、バイタリティが有ります」
「二人は中等部から聖應に通っていたのだったっけ?」
「うん、まあそうなんだけどね」
「中等部では、みなさんはあのように騒ぐことが少なかったですね」


 中等部の生徒たちは、高等部のような賑やかさはない。これは単純に、エルダーと云うアイドル――偶像・崇拝される対象――との距離が遠いか近いかの問題だろう。
 中等部でもエルダーに憧れる生徒は多いが、やはり本人を直接目にする機会が少ないと、TV等で見るアイドルと同じように『遠くの人』と感じるらしかった。
 ケイリは日本での暮らしは長いが、学校生活は聖應の高等部に編入してからの経験しかなく、同年代の少女たちのようにTVの中のアイドルに憧れるようなこともない。その為、クラスメイトたちの気持ちが分かるとは云い難かった。

「ふむ……高校デビュー、とか云うやつかな?」
「いや違うから。……ケイリってば、どこでそんな言葉を覚えてきたの」


 そんなこんなを話しながら食堂の入り口に辿り着くと、食事を終えたらしい生徒たちが、ケーキがどうの写真がどうのと話しながら早足でケイリたちと擦れ違っていく。
 肩を竦めて彼女たちに道を譲ったケイリの目に、一人だけゆっくりと食堂を出て行く、見慣れた後姿が目に入った。

「おや、塞ではないですか」
「……ケイリ」


 塞と呼ばれた生徒がこちらを振り向く。肩口で髪を揃え、額を出すようにして髪を左右に分けているその生徒は、ケイリを見ると少しだけ口元を緩めた。尤も、ケイリの後ろに二人の少女が居るのを見て、直ぐに無表情に戻ってしまったが。
 雅楽乃と淡雪が塞に会釈すると、塞も目礼で返す。その様子を見ていたケイリは、ふむと一言唸った後で塞に話し掛けた。

「どうやら昼食を済ませた後のようですが、ここに居ても良いのですか?」
「それは、どういう意味?」
「いえ、三年生は例のケーキが振舞われるのではないかなと思いまして」
「ああ……」


 ケイリの問い掛けに頷いた塞は、溜め息のような声を漏らして腕を組むと、妙な間を空けた後でゆっくりと云った。

「私、ケーキは主食にならないと思うのよね。まして、カットされた一片程度では」
「ふむ。では、これからデザートですか」
「ええ、香織理嬢が私の分を確保してくれているから」


 それだけ云うと、塞は後ろ手にひらひらと手を振りながら、廊下を歩いていってしまった。
 後に残ったケイリは苦笑しながら、呆気に取られている淡雪と雅楽乃を促すと、食券の券売機へと足を運んだ。何を食べようかと楽しげに悩むケイリに、雅楽乃が躊躇いがちに声を掛ける。

「ケイリさんは、塞お姉さまとお知り合いだったのですか?」
「ええ、良くして貰っています。二人も塞のことを知っているようですが」
「私も雪ちゃんも、部活動の予算会議で顔を合わせる程度の仲ではありますが」
「殆ど喋らない人だから、ちょっと驚いちゃったよ」


 塞は周囲に迎合するような性格ではないし、無口で無表情なので付き合い難いことも確かなのだが……ケイリは淡雪の言葉にもう一度苦笑すると、フォローするように言葉を繋げる。

「塞は薫子や香織理の友人でもあるんだ。それを考えると、ユキや雅楽乃とも相性は良いと思うんだけどね」
「え、そうなんだ。ちょっと意外……」
「まあ……そうなると、もうそれほど時間が残されていないのが残念ですね」


 三年生が卒業するまであと少し、親交を深めるには時間が足りないだろう。
 カウンターから食事を受け取って開いているテーブルに着き、食事を始めて暫く後。淡雪と雅楽乃に促されるままに塞のことを話していたケイリが、ふと声を止めて考え込んだ。

「ケイリ? どうかした?」
「ああ、うん。……ふと思ったのだけど、薫子や千歳は、昼食がケーキの一片で満足出来るのかな、と」
「……」


 ケイリの突然の問い掛けに、淡雪と雅楽乃は顔を見合わせて沈黙する。二人とも薫子や千歳と食事を共にしたことがあり、その際に彼女たちの健啖ぶりも見ているからだ。

「食堂に来るんじゃないかなあ?」
「そうですね。教室のあの様子では、お弁当を持って来ていたとしても、落ち着いて食事が出来ないでしょうし」


 二人は行儀が悪いと知りつつも、思わず食堂の入り口を伺ってしまう。もしも食堂に来るのならば、そのときはチョコレートを渡すチャンスとなるのだが……。

「ふむ。食事の後、少し待ってみますか?」
「そうだね」


 幸いなことに三人とも3−Cから真直ぐ食堂に来たので、渡す予定だったチョコレートは手元に有る。特に用事も無いことだし、と三人は食堂の入り口で薫子たちを待つことにした。



 淡雪たちにとって幸いなことに、薫子と千歳はそれほど待たずに食堂へとやって来た。予想通りと云うべきか若干の疲れを残した表情で、薫子は背中が丸まっているようにも見える。

「やあ薫子、それに千歳。二人とも疲れているみたいだね」
「……ああ、ケイリ。……淡雪さんに雅楽乃さんも」
「うん、ちょっと疲れてるかな……」


 一体、自分たちが見ていない間に何が有ったのか。首を傾げる三人の前で、薫子が首を回して背筋を伸ばす。どうやら人目を気にしたらしい。

「三人とも、食事の帰り?」
「はい。お二人はこれからですよね」
「うん。でも、食堂だと落ち着けないから、パンを買ってから移動しようかなって、薫子ちゃんと話してて」


 千歳が食堂を覗き込みながら云う。食堂からは、エルダーの登場に気が付いた生徒たちが、黄色い声を上げ始めていた。

「うわあ……みんなの期待には応えたいところだけれど、ちょっと休ませて欲しいなあ……」

 気心の知れた友人たちの前だからなのか、薫子がウンザリした声を漏らした。こんな言葉を薫子に憧れる生徒たちが聞いたなら、ショックを受けてへたり込んでしまいそうだ。

「……薫子ちゃん、顔、顔」
「うあ。……うん、平気」


 千歳に促されてパチパチと頬を叩いた薫子は、口元を引き締めて格好良い顔を作ってみせる。……色々と台無しである。

「あのう、お姉さま方。食事をする場所の当ては有るのでしょうか」
「ん? ん〜、まあ、人の居ないところ?」


 具体的ではない薫子の答えを聞いて、雅楽乃はケイリと淡雪に目配せをしてから一つの提案をした。修身室で休まれてはどうか、と。



 修身室を訪れた五人。銘々が座布団を出して適当な場所に腰を下ろす中、雅楽乃は一人、みんなの分のお茶を用意するといって奥に入っていく。

「いやあ、それにしても助かっちゃったよ」
「チョコを渡そうと待ち構えていた人たちには、申し訳ないことをしちゃったかなって気もするけれど……」
「疲れた顔を見せながらチョコを受け取るよりは、ちゃんと休んだ方が良いと思うけどね」


 疲れているとは云っても下級生の前でだらしない姿は見せられないと、薫子と千歳は足を崩さずに背筋を伸ばして座る。

「そんなに大変だったんですか?」
「まあなんだ、授業で机に向かって居るときの方が楽に思えるぐらい、ず〜っと座ってチョコの開封作業をしてたからね」
「勿論、みんなの気持ちは嬉しいんだけどね?」
「――む」


 千歳が困ったように笑うと、何故か薫子が眉を寄せて唇を尖らせた。何故薫子が不機嫌になったのか分からないケイリと淡雪は、二人の表情を見比べて首を傾げる。

「お待たせ致しました」

 雅楽乃がお盆に五人分のお茶を載せて戻って来る。買ってきたパンを置けるようにと、薫子と千歳の前には別のお盆を用意するのも忘れない。

「あ、ありがとう雅楽乃ちゃん」
「それじゃ、ちょっと失礼して食べちゃうね」
「はい、どうぞお召し上がり下さい」


 二人がお盆の上に載せたパンはシンプルなサンドイッチだった。それを見たケイリは片眉を上げて、悪戯っぽく笑い掛ける。

「おや、二人とも。今日は菓子パンではないのですか?」
「ケイリ〜、分かってて云ってるでしょう」
「あはは……お昼までにチョコを何回か摘んでるから」


 甘いものを食べる気にはならないと云うことを、言葉を濁しつつも打ち明ける。はっきり云わないのは、昨夕の時点で淡雪とケイリにチョコをプレゼントしますと宣言されているからだ。

「確か、箱を開けて中を確認して……みんなで分けてるんでしたっけ」
「そうだよ。でもほら、中には手作りだったり、賞味期限の短い生チョコだったりとかも有るからね」


 淡雪の質問に、千歳は手の動きを加えながら丁寧に説明する。
 タッパーに入れるときも、味が混ざったりしないように懐紙を間に入れたり、等と云っていると、サンドイッチを食べる手を止めた薫子がボソッと呟いた。

「そう云うわけで、全部が全部持って帰れるわけじゃないから、ちょこちょこ摘んでたって訳よ」
「――」


 修身室の空気が静まって、全員の視線が薫子に集まった。

「え? な、何でみんなこっち見るの?」
「……薫子お姉さま……チョコをちょこちょこって……」
「……親爺ギャグ……」
「……!? い、いや、今のは別に意図して云った訳じゃないよ!?」


 慌てながらも手を振って否定する薫子だが、恥かしかったのか顔が赤くなっていく。こっち見んなと八つ当たり気味に千歳の顔を押してから、残っていたサンドイッチを口の中に押し込んだ。

「ふふっ……まあ、薫子のギャグは兎も角として。食べ終わったのならば、私たちからのチョコレートを受け取ってもらえますか?」
「えっ? ぁ、ちょっと待ってね」


 ケイリの言葉を聞いた薫子と千歳は、手を拭いたり背筋を伸ばしたりと身嗜みを整えた上で、改めて三人と向き合った。友人同士であったとしても、思いを受け取る時になおざりであっては失礼だからだ。まあ、渡す側はその辺りのことを考えないことも多いのだが。
 表情を改めて軽く頷いた薫子と千歳を見て、先ずは淡雪からとケイリと雅楽乃がその背を押した。

「あ、えっと……千歳お姉さま、私からの気持ちです」
「うん。ありがとう雪ちゃん」
「こちらは、薫子お姉さまに。あ、中身は同じですからね」
「あははっ、ありがとう淡雪さん」


 二人に正面から微笑まれて、淡雪は赤くなりながら場所を譲る。代わりに進み出た雅楽乃は、賞状を渡す教師のように、両手でチョコレートの箱を持って、一人ずつ丁寧に手渡していく。

「千歳お姉さま、どうぞ、お受け取り下さいませ」
「ありがとう、雅楽乃ちゃん」
「薫子お姉さま、私の気持ちでございます」
「あ、うん。ありがとう。……な、何か真面目過ぎて照れるね」
「まあ、お姉さまったら」


 チョコレートを受け取ったはいいが、真面目過ぎて唇の端が引き攣った薫子。その表情を見て雅楽乃が楽しそうに笑った。

「さて、では私の番だね。先ずは千歳から」
「うん」
「今年一年楽しかったよ。これからも宜しく」
「ありがとう、ケイリちゃん」


 ケイリは日本的な愛の告白と云うよりも、日頃の感謝を籠める方へと比重が傾いているらしく、友人同士の気楽なプレゼントと云った感じでチョコレートを手渡した。

「薫子にも。……卒業まではまだ時間が有るけれど、色々とお世話になりました。これは私からの気持ちです」
「ありがとう、ケイリ。……改まって云われると、何か妙な感じだよね」
「ふふっ……そうですね。でも、薫子と初音は、私がこの学校に来て初めて話し掛けられた相手だから」
「ああ、そう云えばそんなことも有ったねぇ」


 薫子はどこか遠い所を見るような目をしながら、手に持ったチョコレートの箱に視線を落とした。特に意味は無いのだろうが、手の中でくるくると箱を弄ぶ。
 誰かがお茶を啜る静かな音が聞こえる中、何事かを考えていた薫子は顔を上げて雅楽乃の方に視線を向けた後、ケイリの方に向き直ってその瞳を真っ直ぐに見詰めた。

「……ねぇ、ケイリ」
「何ですか?」
「あたしは口下手だから上手くは云えないけどさ……あたしの思いも、ちゃんと継がれていくものなのかね?」


 抽象的な薫子の言葉は、かつてケイリが云った言葉を真似たものだった。当然ながら、その場に居なかった第三者には何のことだか分からない。淡雪たちが首を傾げる中、ケイリは柔らかく微笑んで薫子に答えた。

「大丈夫だよ。確かに、全てが繋がっていく訳ではないだろうけれど、いつだって手助けをする人が現れるだろうからね」
「そっか。ん〜……なら、まあ良いかな」


 ケイリの言葉に納得するだけの要素が有ったのか。薫子は頭を掻いて中途半端に笑うと、みんなの視線を誤魔化すように大きく伸びをしたのだった。





 お祭り騒ぎの一日が終わり、放課後のゆったりとした時間が流れる中。淡雪と雅楽乃は、華道部の荷物を引き取りに職員室へと向かっていた。
 三学期も残り僅かとなると部活動の内容も大人しいものに変わるのか、活動時間中なのに構内は静かだった。今の時期に活動が盛んなのは、春季の高校演劇コンクールが有る演劇部だけだろう。

「バレンタインも、終わってみると静かなもんだよね」
「そうですね。少し、寂しく感じてしまいます」


 廊下を歩きながらの会話も、心なしか元気が無い。
 不意にキラキラとした目障りな光が、淡雪の視界の中に飛び込んできた。低くなってきた太陽が、浅い角度で何かに反射しているのだろう。ちぇっと行儀悪く舌打ちをした淡雪は、光の正体を探ろうと窓の外に目を向けた。

「――あっ」
「雪ちゃん?」


 淡雪が見付けたのは残念ながら光の元になるものではなく、本日の主役を務めた二人のエルダーだった。
 足を止めた淡雪に釣られるように、雅楽乃も足を止めて窓の外を見る。薫子と千歳は両手に二つずつの紙袋を提げて、桜並木を寮へと向かって歩いているところだった。二人に並ぶようにして、通学鞄を三つ――薫子と千歳のものだろう――を持った香織理が歩いている。

「今の時間にお帰りか〜。チョコの整理が大変だったのかな」
「そうかもしれませんね。……それにしても、お裾分けをしたのに、まだあれだけの量が有るのですね。よく懸賞などで『一年分』と云う言葉を使いますが、チョコレート一年分だとあれくらいの量なのでしょうか」


 淡雪は雅楽乃の言葉に笑いが混じっていることに気が付いて、思わずと云った感じで突っ込みを入れた。

「笑いごとじゃないよ、うたちゃん。もしかすると、来年の今頃はうたちゃんがああなっているかもしれないんだから」
「……それは、……どうしましょうか」
「どうしましょうかって、う〜ん……」


 尋ねられた淡雪は腕を組んで考え込んだ。雅楽乃の家は『和』に傾いているので、チョコレートを大量に持って帰ったりしたら、どうなってしまうか分からない。
 学校に預けておくとか、でも毎日食べたとしても一年分は有りそうなのにとか、そんなことを考えていた淡雪は、ふと肝心なことに気が付いて声を上げた。

「いやいや、今からそんなこと考えたってしょうがないでしょ。取らぬタヌキのなんとやらじゃない」
「まあ、雪ちゃんが話を振ってきたのに、そんなことを云うなんて」
「……うたちゃん。もしかして私のことからかってる?」
「さあ、どうでしょう」


 雅楽乃はクスクスと一頻り笑った後で、淡雪が簡単に追い付けるように、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

「ふふっ、おいていっちゃいますよ?」
「も〜、うたちゃんてば!」


 雅楽乃は直ぐに隣に並んだ淡雪を宥めながら、内心で先程の光景を思い返す。
 薫子たちの隣に香織理が居るように、雅楽乃の隣には淡雪が居る。ならばきっと、何が有っても取り乱さずに居られるだろう。

「大丈夫ですよ、雪ちゃん」
「ん?」
「もしも私が持ちきれなかったら、雪ちゃんに協力して貰いますから」
「はいはい、お役に立ってみせますよ〜。友だちですからね〜」
「ふふっ……はい。宜しくお願いします」




**********


 本来ならば、地の文では千歳ではなくて千早と表記すべきなのでしょうが、それだと会話文とこんがらがってしまうので千歳で統一しています。

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内 容 ニックネーム/日時
「7」で、終わりが近いという言葉に、思わずコメントできずにいました。
寂しい、という言葉では言い表せない気持ちがしたもので。
でも、こちらなら、と思ってコメントさせていただきます。

今回もおもしろかったですね。
特に一番おもしろいのは、千早が懸命に千歳の話し方をまねているところでしょう。
文章的にはすごく自然ですが、想像すると笑わずにいられません。

そして 薫子とケイリのやりとり。エトワールがずっと昔のことのように思います。
まあ、作品内時間での経過は約2年ですが、実時間ではもっと長く経っていますからね 。
今月、(何度目かは忘れましたが)CDドラマの方を聞いたので、台詞が音声付きで思い出せました。
なんていうか、いつ読んでも、聞いても、見ても、心地良いのですよ。おとボク(特に2人のエルダー)の世界は。

商業出版の方では、まだ少し続いてくれるようですが、アニメが不発(どころか大失敗)に終わった以上、そろそろ終わりでしょうか。
残念ですが まあ、まだPSPでもPSVitaでも見れます(パソコンが壊れたままなのでPC版は不可)からね。

「中の人」についても、新作を読みつつ、最初から読み返していこうと思います。
今回も、心地よく楽しい作品をありがとうございました。
えるうっど
2013/04/09 23:25
えるうっどさん、こんばんは。

>話し方の真似
千歳は、女の子らしい話し方と言うよりは子供らしい話し方なので、普通に女言葉で話すより難しいと思います。千早の元々の口調は丁寧ですから。
>エトワール
もう5年も前になりますからね……ファミ通文庫から出版されたのが2007年12月ですから。2人のエルダーが出た頃には、スタッフが居なくなるなんて思ってませんでしたよ。冬コミに第一報のパンフを貰いに行った頃が懐かしい。

つーか、途中で投げ出さずによくここまで書けたもんだ(笑)

PC故障中が続いているようで、中々に大変だとは思いますが、もう少しお付き合い下さい。
A-O-TAKE
2013/04/10 21:34
妃宮さんの中の人 あふた〜EX A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
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