A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 外伝的なお話1

<<   作成日時 : 2013/07/06 23:21   >>

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 GA文庫5巻の発売はどうなってますか!?
 最初は6月の発売だったと思うんですが……

 改めて確認すると、8月になってます。無限遠点のアルタイルも発売日延期だし、ちくしょーこのやろーと言う感じです。

 なので、この怒りをSSに籠めました(笑)




**********


 注意!
 このお話は、妃宮さんの中の人とは関係が有りません。ゲーム本編の設定で考えて下さい。






 七月のとある日曜日。

「ふぁ〜……みんな、おはよ〜……」

 大きな欠伸をしながら食堂に入ってきた薫子は、その場に居た千早と香織理に冷めた目で見詰められた。
 薫子の声を聞いて厨房から顔を出した史が、軽く会釈をしてから厨房へと戻っていく。どうやら三人で茶を飲もうとしていたらしい。
 薫子は空腹を表すように腹を撫でながら、千早たちの対面の椅子に腰を下ろした。

「薫子、もう十時を過ぎているわよ? 幾ら日曜日だからと云って、少し寝過ぎではないかしら」
「もう、朝食も終わってしまいましたよ」
「あ〜、やっぱり?」


 呆れた様子の二人から冷たい言葉を受けて、薫子は僅かに肩を落とす。先に食卓に用意されていたお茶請け――ビスケット――に目を向けながら、云い訳の言葉を口にした。

「ほら、昨夜は風が強かったじゃん。流石に台風なだけあって、窓の外でこう、木がわっさわっさと」

 両手を頭の上で振って木の物真似をする薫子。香織理はそんな薫子を見て肩を竦めると、その云い訳をばっさりと切って捨てる。

「それで、眠れなかったから寝坊しちゃったとでも云うのかしら。薫子はそんなに繊細じゃないでしょう?」
「決め付けてはかわいそうですよ、香織理さん」
「そうだよ、香織理さん。あたしだって――」
「きっと良く眠れなくて、暇潰しに漫画でも読んで夜更かししてしまったんでしょう」
「ちょ、上げてから落とさないでよ、千早」


 調子良く皮肉を飛ばす千早と香織理に対し、薫子は唇を尖らせる。言葉に勢いが無いのは、二人の予想がそれほど外れてはいないからだろう。
 目を細めて文句を云った薫子が、そのまま獲物を狙うような目で二人の前に有るビスケットを見詰める。
 素直に獲物を献上して機嫌を直して貰おうか――千早がそんなことを考えている間に、史がお茶の用意を終えて戻って来た。盆の上に乗っているのは、四人分の紅茶に加えて、薫子の為にと用意されたサンドイッチだ。

「どうぞ、薫子お姉さま」
「わお! 史ちゃん愛してる!」
「恐れ入ります」
「史ちゃん。いつも云っているけれど、薫子を甘やかしちゃ駄目よ?」


 薫子は、香織理の言葉と食事前のお祈りをさらっと流し、頂きますと手を合わせてからサンドイッチに齧り付いた。
 嬉しそうに口を動かす薫子を見て、千早と香織理は顔を見合わせてから苦笑した。食事を楽しんでいるときに文句を云うのは無粋、まあいつもの事だしね、視線で交わされたのはそんな言葉辺りだろう。

「しかしまあ、梅雨の終わりの台風ともなると、雨も風も凄いよね。折角の日曜日だってのにさ」
「雨・風共に、お昼過ぎには落ち着くとニュースで云っていましたよ」
「そうなんだ。いつものパターンだと、午後からは蒸し暑くなりそうだね」


 低気圧の塊である台風は、周囲の空気を吸い込んで上昇気流を作る。台風の回転する方向を見れば分かるように、通過前は北側の空気が中心に向かって流れる為に涼しくなり、通過後は逆に南側の空気が流れるので暑くなる。
 東京の内陸部に在る聖應女学院は、その土地の条件もあって非常に蒸し暑くなるのだ。

「優雨ちゃん、大丈夫かな?」
「そうね。ここ最近の暑さと湿気で大分疲れていたから、少し心配よね」
「でも、冷房を強くするのも、それはそれで問題が有るしね」
「……初音さんが傍で見ていますから、私たちはあまり騒がないようにしましょう」


 表情には出ないけれど、優雨だって苛々する時ぐらいあるのだから、と千早が云う。ストレスは体調を悪化させる。あまり構い過ぎるのも問題だろう。

「食べ易い、涼しげなデザートでも作って持っていってあげたら? 千早が作ったものなら優雨ちゃんも喜ぶんじゃない?」
「そして薫子は御相伴に与る気が満々と」
「うっ……良いじゃん。あたしも食べたいもん」
「開き直りましたね……」


 やれやれと首を振りながらお茶を飲む千早。しかし、食欲の無い優雨には丁度良いかと、頭の中でレシピを捲る。
 そうして四人がお茶を楽しんでいると、やがて廊下の方から荒い足音が聞こえてきた。あーもう、あーもう、と云う文句が聞こえてきて、香織理は眉を寄せる。
 この声は陽向ねと呟く声に合わせるようにして、その本人が食堂へと入ってきた。

「あーもう頭に来るなあ!」
「陽向、大声を出さないの。優雨ちゃんが寝てるのよ?」
「あっ……と、済みませんお姉さま」


 陽向は口元を押さえて頭を下げるが、その程度では気が静まらないのか、些か行儀悪く食卓の上に両手を下ろした。新たな話の種の登場に、薫子は好奇心で軽くなった口を動かす。

「なになに、どうかしたの?」
「そうです、聞いて下さいよお姉さま方。私、先日発売の文庫本をオンライン通販で注文していたんですけどね? 到着予定日を過ぎても連絡が無いのでおかしいな〜と思っていましたら、このザマアなんですよ!」
「はあ?」


 何がこの様なのか、いきなり話が飛んでいるように聞こえた薫子は首を傾げた。千早と香織理も同様であるが、千早は史が何か分かったかのように軽く頷いているのが目に入り、そちらの方へと視線を向ける。

「陽向、言葉が汚いわよ」
「あ、いえ、このザマアってのは……あ〜、そりゃお姉さま方には分からないですよねえ」
「史は、知っているみたいね?」
「なんと。史お姉さまも被害者ですか」


 陽向の口から出た言葉に、全員の視線が史へと向かう。千早に視線で促された史は、仕方無しに口を開いた。

「……お姉さま方に分かるように説明致しますと、ネットで注文した品物が指定日に到着しなかったり、もしくは注文そのものが手違いでキャンセルされてしまったりすることです」
「え、それって大変じゃない。返金とか大丈夫なの?」
「……その辺りは自己責任、と考えた方が宜しいかと」


 ネットショップなど利用しない薫子は史の言葉に驚いて、そんなことも有るんだと呟いた。千早は僅かに眉の寄った史の表情を見て、さては随分と嫌な思いをしたのだろうと考えを巡らせる。

「それはお気の毒さまね。でも、なってしまったことは仕方が無いのだから、諦めて自分の足で買いに行きなさいな」
「うう、それはそうなんですけどね。この大雨の中では買い物に行く気にはなりませんで」


 陽向は恨めしそうに窓の外を睨むと、空の様子を見ようと窓際へと近寄った。流れる雲と振り続く雨を見た視線が地面へと移動すると、うわ、と大袈裟な様子で声を上げる。

「これ、どっかで水が詰まってますね。寮の周りが川みたいになってますよ」
「え、本当? どれどれ」


 興味を持った薫子が、どこか楽しげな声を上げて陽向の隣に並ぶ。千早と香織理はそんな薫子の様子を見て、嵐の日にはしゃぐ子供のようだと笑いあった。
 二人の声を聞き流した薫子は、窓の外に視線を向ける。雨どいから流れる水が側溝へと流れているが、排水が間に合わずに周囲の地面へと広がっているのが分かった。

「あ〜、落ち葉が詰まったんだろうね。雨が上がったら掃除しなきゃな」
「あれ、前にも同じことが有ったんですか?」
「毎年のお約束ってやつだよ。秋の台風シーズンにも同じになるんだ。元々、側溝だって細いからね。……長靴、まだ使えたかな」


 薫子は玄関脇の下駄箱を思い浮かべる。滅多に使うことが無いそれは、手入れもしていないので酷いことになっているかもしれない。
 陽向はもう一度空に視線を向けると、降り続く雨を見て溜め息を吐いた。

「やれやれ、もう梅雨も終わりなのに……むっ、閃いた!」
「ん? 何が?」
「梅雨時の水溢れ……これがホントの梅雨ハザード!」


 無駄にポーズを決めて地面を指差す陽向。

「……さて、お腹も膨れたし部屋に戻るか」
「そうね。週明けはテストが戻ってくるし、今のうちに勉強しておきましょうか」
「私もそうします」
「あっ、千早、どうせならあたしも一緒に!」
「え、ちょ、何か反応して下さいよ!?」


 千早たちが一斉に席を立って食堂を出て行くのを見て、陽向は慌てて後を追いかける。お茶の後片付けをしていた史が、表情を変えずに陽向を見送った。





 天気予報通りに台風が通り過ぎ、空から雲が消え去っていく。途中でスピードを速めた台風は南風を大量に運んできたが、その風もまたすっかり治まっていた。
 そんな中、薫子は史と陽向を連れて側溝の詰まりを直していた。こんな何でも無いようなこともまた、『姉が妹を指導する』ことの一環なのだ。
 ちなみに、長靴は無事だった。





「ふ〜、やれやれ。これで終わりっと」

 ゴミ除けの網に大量に引っかかっていたのは、桜並木から飛んできた大きな葉だった。ゴム手を嵌めた手で丁寧に掬い、ゴミ袋に捨てていく。地面に腰を下ろすと濡れてしまうので、中腰で作業することになる為、結構な重労働だった。

「お疲れ様でした」
「お。さんきゅ、史ちゃん」


 ゴム手を外して腰を叩いているところに、史がタオルを差し出した。礼を云ってそれを受け取った薫子は、雲一つ無い空を見上げる。

「それにしても、蒸し暑いですねえ。冷たいものが食べたいです」
「同感〜。夕御飯までまだ時間は有るし、ちょっとコンビニにでも行かない?」
「良いですねえ!」
「では、そちらのゴミなどは、史が片付けておきますので」


 薫子たちは落ち葉の入ったゴミ袋を史に預けると、一旦部屋に戻って財布や携帯電話などを取ってくる。夏至を過ぎた青空は、暗くなるまでに幾許かの時間を残していた。

「そう云えば、千早がゼリーを作ってたっけ。あたしたちはアイスでも買おうか」
「そうですね。千早お姉さまが作るなら良い出来でしょうから、被らないようにしましょう」
「あ、アイスぐらいはあたしが出すよ。みんなの分を買っても、大した金額にはならないし」
「おお、ありがとうございます! では私は、お菓子の買い置きを補充するとしますか」


 日差しと暑さで乾き始めた道路は、水蒸気で湿度が凄いことになっている。薫子は団扇でも持ってくれば良かったかなと、全く動かない木々を眺めながら手で顔を扇いだ。
 陽向は大丈夫なのかと視線を移すと、薫子と同じように、汗を拭いていたハンカチを使って顔を扇いでいた。

「う〜ん、こういうときはお洒落な扇子かなんかが欲しくなるところですね」
「扇子? あれって年寄りが持ってるイメージがあるんだよなあ」
「今はそんなこと無いですよ? 最近はアニメ柄のものとか有りますし」
「それはそれで嫌だ……」


 コンビニに着くと、薫子たちは二手に分かれた。菓子やら漫画本やらを物色する陽向を横目に見ながら、薫子もアイスを吟味する。
 アイスの種類で寮の住人が取り合いになるようなことは無いのだが、種類の違うものを買うとなんとなく不公平な感じがしてしまうため、薫子は自分の好物であるフローズンヨーグルトを手に取った。
 史の分はどうしようかと考えるが、自分用のビスケットサンドアイスを補充しているので、みんなと同じもので良いだろうと判断する。

「陽向ちゃん、そっちは?」
「あ、ちょっと待って下さい。薫子お姉さまはアイスだけで良いんですか?」
「あたしはお菓子とかはあまり買わないんだ」


 ジュースやらの飲み物は、寮に居ればお茶が出てくるので必要としないし、菓子の方もお茶請けとして出てくる上に、間食は控えるようにと奏に躾けられたので買って食べようとは考えない。良く運動するのと合わさって、薫子は体重を気にするような事態にはなりにくいのだった。

「陽向ちゃんこそ、昼間はあんなこと云ってたのに、漫画とか買っちゃうんだ」
「いやあ、読書ってのはその場の勢いですから。読みたい時に読む。そのタイミングを外すと、買ったとしても読まずに放置しちゃったりするんですよね」
「あ〜、それは何となく分かるかも」


 二人が会計を済ませると、薫子が聖應の生徒であると知っている店員が、アイスの袋にドライアイスをプレゼントしてくれた。
 薫子は二年以上もコンビニに通っている常連だ。寮までの距離がどのくらいかを知っている店員の、粋な計らいだった。

「ありがとうね、おじさん」
「いえいえ。またどうぞ〜」


 店員に手を振ってコンビニを後にし、虫の鳴き声が聞こえ始めた道を寮へと戻る。雨上がりだからだろう。今まで大人しくしていた虫たちが、餌を求めて動き始めたらしい。

「昨日は雨音でしたけど、今日は虫の音で眠れなかったりして」
「あはは、そんなに繊細じゃないよ」


 香織理が聞いていたら、朝とは云っていることが違うと笑われただろう。学校前の公園脇まで来ると、茂みの中から聞こえてくる虫の声が大きくなった。
 日没前の公園は、外灯の無い木々の陰などが薄ぼんやりとしていて、ある種の気味悪さを連想させる。

「湿気が酷くて、暑くて、風が無い……なんか幽霊でも出そうですよね、あの辺りとか」
「あはは、柳の木の下には幽霊が居るってか?」
「桜の木の下には死体が埋まっている、でも良いですよ?」


 薫子は学院の桜並木を思い浮かべて苦笑した。あの並木の一本一本にそれぞれ死体が埋まっているとか、それは流石に笑えないだろう。
 あの桜並木は創立時から存在するが、聖應女学院は大震災や戦争で大きな被害を受けている場所でも有るのだ。実際にそう云うことが有ったとしてもおかしくはない。

「駄目だよ、陽向ちゃん。戦争中は学院閉鎖していたとは云え、空襲で寮が焼けたりしているんだから」
「ああ、そう云えばそんな話も有りましたっけ。じゃあ私がここに来た時に剃刀の刃なんぞを思い浮かべてしまうのも、やっぱりそれが原因で――」
「止めなさいっての」
「あいた」


 薫子は平手で陽向の額を軽く叩いた。ぺちんと良い音がして、陽向が二歩三歩と蹈鞴を踏んだ。





 夕食後、みんなで揃って買ってきたアイスを食べていると、付けたままのTVニュースから陽向の好きそうな話が聞こえてきた。

『雨上がりの夜、濡れた枯れ草の脇に女の幽霊が、なんて云うのは定番の話ではありますが――』
「あ〜。ほら薫子お姉さま、私以外にも同じようなことを云っている人が居ますよ」
「うん?」


 アイスを掬っていたスプーンをTVに向ける陽向に釣られて、雑談をしていた薫子たちは揃ってTVに注目する。ニュースの合間の暇ネタだろう、アナウンサーではなく芸人が話をしていた。

『――実はこの、幽霊が出る条件と云うのは、とある虫とも関係が有るんですね。雨上がりで蒸し暑く、雲が多く、風が無い。みなさんはご存知でしょうか。そう、蛍です』
「……幽霊の話じゃないよ」
「あ、あれ〜? なんでそんな展開になるんですかね……」


 肩透かしを食らった薫子が文句を云うと、陽向もまた肩を落とす。TV画面は場面が変わって、どこかの川岸で蛍が舞っている光景が映っていた。

『映像ではっきりお見せできないのが残念ですねぇ。機会が有りましたら、みなさんも是非――』

 明かりが点いていると蛍が光らない為、映像はどうしても赤外線カメラなどで撮ることになる。当然、TV画面に映る画も荒くなってしまう。
 その荒い映像を見ていた優雨が、首を傾げながら初音に尋ねた。

「……ほたるって、ほんとうに光るの? わたし、見たこと無い」
「うん、ちゃんと光るんだよ。でも、本とかでならお尻が光っているのを見られるけれど、本物を直接見るのは……どうなんだろうなあ……」


 図鑑などで見るのは簡単だが、本物の蛍を川辺で見ると云うのは中々に難しい。初音もまた、本物を直接見たことは無かったのだ。

「蛍の住めるような綺麗な川が少なくなりましたからね」
「私は以前に住んでた場所で見たこと有りますけれど……蛍の餌になるカワニナが、この辺りの川には居ないでしょうからね」
「……そこの公園の川は、駄目なの?」
「あ〜、あそこは駄目だよ、優雨ちゃん。あそこは人工の川だし」
「……そうなんだ」


 陽向の言葉に、優雨は残念そうに眉を寄せた。実際のところ、公園で見られるのは鈴虫などの鳴く虫であって、目で見て楽しむ虫などは殆ど居ないのだ。自然の中に身を置く機会の無い優雨には、蛍のような虫は想像の外でしかなかった。
 別の話題に移ったTVを消していた香織理が、優雨と初音が揃って元気を無くしたのを見て口を開いた。

「……どうしてもと云うなら、人工のものなら見れなくも無いわよ?」
「人工の蛍?」
「人工と云うか、養殖なのよ。確か川口の辺りに蛍センターと云うのが在ってね。ただ、蛍を見るのは遅い時間になるから……」


 早くても夜の七時くらいからだと聞いて、優雨をそんな時間まで連れまわすのは難しいと一同は顔を見合わせる。
 優雨の体調が良くなって、更に大人が保護者として同行しないと、実現は難しいだろう。

「今年は無理かもしれないけれど、来年になったら私が連れて行ってあげるね、優雨ちゃん」
「……うん。待ってる」




 初音と優雨は、一年先の約束をそっと交わす。どことなくしんみりしてしまった空気を変えるように、陽向が明るい声を出した。

「そう云えば、香織理お姉さまは、何で蛍センターなんて知っているんですか?」
「ん? それは勿論、女の子を口説く為のネタとしてよ」
「だああっ……そんなオチなんですか」
「そうよ? ふふっ」


 陽向や薫子が脱力するのを見て微笑んだ香織理は、軽く咳払いをしてから声を上げた。

なく声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは
「……源氏物語ですか?」
「あら、流石は千早ね」


 首を傾げた千早がそっと尋ねるのを聞いて、香織理は正解だと褒めてみせた。
 蛍の光でさえ人には消せないのに、自分の恋の炎をどうして消すことが出来ようか。そんな意味の恋の歌だ。
 几帳に隠れて姿の見れない玉鬘を見たくて苦労する兵部卿の宮。光源氏は袖に沢山の蛍を隠し、それを解き放つことで、蛍の光を使って玉鬘の姿を彼に見せる――そんな場面である。

「恋の歌と云うには今一なのではないでしょうか。返し歌があるんですから。――声はせで身をのみ焦がす蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ、と」

 千早は香織理に目を向けると、源氏物語の同じ場面で詠まれた返し歌を口に出した。
 こちらは、声を出さずに(恋の炎で)身を焦がす蛍の方が、貴方よりもずっと思いが深いのでしょう、と云う意味である。
 しかし、こんな場面で和歌を持ち出す香織理が、反撃されることを予想しないわけが無い。香織理がニヤリと意地悪く笑ったのを見て、千早は己が失敗したのを悟った。

「ふふ、そう云うときはね、こう返すのよ。――思ひあれば袖に蛍をつつみても言はばや物をとふ人はなし

 寂蓮法師の恋歌。千早はお手上げですと云わんばかりに、文字通り肩を竦めて両手を上に上げた。
 恐らく香織理は、源氏物語の先の歌が詠まれた部分と掛けているのだろう。
 袖に蛍を包んでもその光は漏れるもの(蛍の光を恋の炎に掛けている)、だけど恋の悩みを聞いてくれる人は居ない(物を問う人は無し、の部分)ので、ちゃんと口に出して思いを伝えなくては(言はばや物を=物を言わなくては)いけない、と云うことだ。
 一方、話の始めからさっぱり意味の分からなかった薫子と陽向は。

「……薫子お姉さま。話に付いていけないのですが」
「……大丈夫だよ陽向ちゃん。あたしも分からないから」
「「勉強しなさい」」


 声を揃えた千早と香織理に怒られていた。まあ普通に考えれば、日常会話に和歌が飛び出すようなことは殆ど無いのだが、午前中にもテスト後の復習と称して勉強を教えた側としては、文句の一つも云いたいのだろう。

「……はつね。ちはやたちは何を云っているの?」
「ふふっ……優雨ちゃんは、私と一緒に勉強しましょうね」


 自分たちの教師とは違う優しげな言葉に、薫子と陽向は羨ましそうな視線を優雨へと向けるのだった。





 後日。
 華道部の活動に参加した千早は、一同が解散した後で、雅楽乃に請われて一緒にお茶を飲んでいた。そこで話題に出したのが、先日の香織理との遣り取りだったのだが。

「なんと云いますか、寮では随分と高級な会話がされているんですね」

 興味深そうに聞いていた雅楽乃に対して、淡雪はどこか呆れたような声で首を振っていた。

「別に、そんなことは無いのだけれど。雪ちゃんだって、源氏物語の歌ぐらいは知っているでしょう?」

 読書家の淡雪なら、和歌の引用ぐらいは出来るだろうと思った千早だったのだが。

「そりゃ知ってますけどね。日常会話の中に出てくるかと云われたら、否と答えますよ」
「ふふっ……まあ、事前に勉強しておかなければ、会話に付いていくのは難しいでしょうね」
「ほ〜ら、うたちゃんだってこう云ってますよ」


 味方だと思っていた雅楽乃にも笑われると、千早はばつが悪くなって頭を掻いた。
 千早としては、知識として習った百人一首が下地となって、興味の有るものを片端から調べていったから覚えているのだが、普通はそこまで勉強はしないものだろう。

「大体、日常会話に和歌を混ぜ込むなんて、どこの平安貴族かって話です。確かにお姉さまは、一見するとお姫様みたいですけれど」
「い、一見って……そんなことを云うなら、雅楽乃だってお姫様みたいでしょう」
「まあ、お姉さまったら、お上手なんですから」


 頬に手を当てて照れてみせる雅楽乃は、確かに平安時代のお姫様のようである。十二単など良く似合いそうだ、などとどうでもいいことを思う千早だった。

「もっとも、私は和歌を引用することよりも、お姉さまや香織理さまのように、機知に富んだ会話をすることの方が難しいと思いますけれど」
「そ、そう云うものなのかしら。私には良く分からないのだけれど」
「うたちゃんだって、みんなのご意見番をしているくらいなんだし、ウィットに富んだ会話ぐらい出来そうだけどね」


 淡雪の言葉を聞いて、千早はふと、雅楽乃ならばどんな風に歌を返すのか興味を持った。

「……そうね。私は香織理さんの歌に対して、源氏物語のように返したから失敗してしまったけれど。例えば雅楽乃ならば、どんな風に返すかしら?」
「えっ? そ、それは……そうですね……」


 雅楽乃は姿勢を正して目を閉じると、深く考え始めた。無茶振りしないで下さいよ、と淡雪が視線で訴えてくる。確かに千早の言葉ならば、雅楽乃は真面目に考えてしまうだろう。
 これは失敗だったかなと千早が声を掛けようとしたとき、それより僅かに早く、雅楽乃が目を開いた。

「あら、何か思い付いた?」
「はい。正しく返しているとは云い難いですが」
「では――なく声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは


 千早が昨夜の香織理に倣ってその歌を口にする。すると雅楽乃は小さく笑い、千早の目を見て頬を染めながら、そっと返歌を口にした。

かしがまし野もせに集く虫の声やわれだに物は言はでこそ思へ

 雅楽乃が返したのは、平家物語にも出てくる古歌だった。
 広い野原も狭いとばかりに集まって鳴く虫たちよ。こんなにもあの人を想っている私でさえ、言葉に出さずに想っているのに、と云う意味だ。
 兵部卿の宮が思いを告げたことを「騒がしい虫」と云うのは少々厳しい意見だろうが……問題はそこではなく。

「……うたちゃん。それじゃあ、兵部卿の宮が間男みたいだよ」

 淡雪が呆れるのも当然だろう。要するに、兵部卿の宮を騒がしい虫に見立てて、「虫が騒がしいですね、私は静かに貴方のことを想っているのに」と、別の相手に思いを告げていると解釈できるのだから。

「ああ、ええと……ありがとうと云っておくわね、雅楽乃」
「はい、お姉さま」


 流石の千早も、不意打ち気味に真正面から好意を告げられて戸惑っている。そんな二人を見た淡雪は唇を尖らせながら、

「大体うたちゃんは、お姉さまを好きってちゃんと口に出しているじゃない」

 と小さく呟いたのだった。




**********

 和歌に付いては深く突っ込んではいけません。


 寂蓮法師の歌、思ひあれば袖に蛍をつつみても言はばや物をとふ人はなし について。
 なんで蛍の光が自分の恋心という解釈になるのか、と言う事ですが。
 この歌は、つつめども隠れぬものは夏虫の身よりあまれる思ひなりけり という歌が下地になっています。
 この解釈的には、蛍の体から溢れ出す光が隠そうとしても隠しきれないように、この胸からあふれ出てしまう私の思いも隠せないのです、と言ったところです。
 寂蓮法師の歌は、蛍の光を自分の恋心に例えているわけです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
やったー
待ちに待ったA-O-TAKEさんの新作だ〜

…コホンッ
すみません、あまりに嬉しかったのではしゃぎすぎてしまいました。
それでは改めまして、
ごきげんよう。A-O-TAKEさま

あいからわずA-O-TAKEさんは博識ですね。
自分は和歌なんて全然わからないです。(;一_一)

追伸
GA文庫の5巻は本当にどうなっているんでしょうね?
GA文庫のホームページの8月発売予定に「おとぼく2」が記載されていましたから今度こそは延期しないで発売してくれるはず…
ナカユウ
2013/07/08 23:37
ナカユウさん、お久しぶりです。
今回は陽向に「コノザマア」を言わせたかっただけなので(爆)、内容的には何が何だか分からないことになってます……。
まあ夏の風物詩である蛍とかゲリラ豪雨とか、色々と引っ掛けているんですが。
和歌の方は、殆ど忘れていたのでネットで一々調べ直してますけど、それでもちょっと怪しいですね。

文庫の発売日は8月ですが、これが出ると、ホントに「おとボク2」も終わりになるのかなって感じですね……。
誰か、私以外の人が書いてる「新作」を見てみたいもんですが(笑)
A-O-TAKE
2013/07/09 16:44
お久しぶりです。
まるち文庫の方も、春発売予定が今月末までずれ込んでいます。
あっちは、もしかすると、もう少し頑張ってくれるかも…。

でも、こちらで新作が読めるのなら、遅れた事にも意義があるのかもしれません(失礼)。

とりあえず、ゲーム本編や文庫本、同人漁りなどをして、おとボク分を補充しましょうかね…。

おとボクに熱中して以来、一時期、アドベンチャーゲームをいくつもやりましたが…中々、面白いものは無いんですよね…。
荒唐無稽なものは多いですが、おとボク(特に2人のエルダー)ほど、やって心地よいものはありません(少なくとも私がプレイした中では)。
勿論、全てが最高、と言う訳ではありませんが、でもああいう作品には、お目にかかれないのでしょうか…。

おべっかでなく、そう思います。
えるうっど
2013/07/10 20:44
えるうっどさん、お久しぶりです。
まるち文庫というと、雅楽乃の話のやつかな? 今度で16巻ともなると、そろそろ終わりそうでもありますけどね……。

ADV、とくにビジュアルノベル系のゲームは昔は良くやりました(それこそ『痕』から)けど、最近は大人向け子供向け問わず、殆ど手を出していないので、どれが面白いのかも分かりません。
文庫本だって読んでる余裕が無いのに、ゲームを楽しむ余裕なんて……!(笑)

まあ最近は少年誌的な展開、ようするに戦闘シーンの入るような非日常的なものが多くって、おとボクみたいな雰囲気のゲームって少ないでしょうからね。それが悪いってわけじゃないですが。
だから、最近はストレス解消の為に無双系のゲームとかしか触ってません。
何か、ぐっと一目惚れするようなゲームは出ないものか……。
A-O-TAKE
2013/07/11 19:14
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