A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 外伝的なお話3

<<   作成日時 : 2013/09/19 22:49   >>

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月見の季節。

今年も良い満月でした。

**********

 二学期が始まって数日が経ったある日のこと。

 その日、あたしはお風呂の順番待ちをしながら、食堂でクイズ番組を見ていた。何で食堂にいるかと云うと、初音たちはいつもお風呂上りに水分補給をするので、食堂で待っていれば入れ違いになることは無いからだ。
 一緒に居るのは千早と史ちゃん。二人は別に順番待ちと云うわけではなく(千早たちはいつも一番最後なのだ)、あたしに付き合ってくれている。千早がクイズ番組なんてと最初は思ったものだけど。千早は雑学の類を話の種にする為に、この手の番組を良く見ているのだ。

『さて、それではここで問題です。ここフランスで最高視聴率70%を記録したアニメ「キャプテン・アルバトール」、日本では何と云う作品でしょうか?』

 たりらりらん、と云うチープな効果音と共にコマーシャルに入ると、あたしは千早の方を向いて尋ねてみた。

「千早、答えは分かる?」
「う〜ん……私はアニメの類は苦手で……」


 苦笑して首を振る千早。そう云えば千早は漫画とかもあまり見ないんだったっけ。ジャ○プ漫画のネタを振っても首を傾げていたこともあったし。こう云うのは陽向ちゃんが得意なんだけどな。
 ジャパニメーションは海外でも有名なんだから勉強したら、とちょっと意地悪に云ってみたけど、千早は黙って首を振るだけ。興味の無いことを覚えようとしても気が乗らないらしい。
 そんな話をしていると、意外なところから答えが返ってきた。

「答えは、キャプテン・ハーロックです」
「えっ?」
「史、知っているの?」
「はい」


 千早の声に頷く史ちゃん。千早の知らない答えを知っていたことが嬉しいのか、ちょっと自慢気だったりする。あたしに分かるんだから千早にも当然分かる訳で、二人の顔の対比がちょっと面白い。
 そうこうする内にCMが終わり、司会者の声と同時に解答者がフリップを上げる。グレンダイザーとかコブラとか、あたしの知らない古いアニメの名前が並んだ。史ちゃんの答えたハーロックとやらも上がっている。

『答えは……キャプテン・ハーロックです!』
「お〜、史ちゃん当たったよ。良く分かったね〜」
「有難うございます。以前、チャットの仲間に教えて頂いたことがありまして」
「史……一体、どんな仲間なの……?」


 自分の知らない史ちゃんの一面を知って、千早がちょっと驚いていた。そんなこんなでTVを見ていると、お風呂を上がった初音と優雨ちゃんが食堂へ入ってきた。

「良いお風呂でした〜。薫子ちゃん、上がりましたよ〜」
「うん、ありがと」


 手を上げて初音に答えてから席を立つ。千早たちはまだTVを見ていくらしい。初音と優雨ちゃんが同じ格好で水を飲んでいるのがちょっと笑えた。



 食堂を出て脱衣場に入り、予め準備しておいた道具を取り出していると、パタパタと廊下を走る音が聞こえて扉がノックされる。初音が忘れ物でもしたかな?

「薫子お姉さま〜、まだ大丈夫ですか〜?」
「ん? 陽向ちゃん? 大丈夫だよ」


 予想外の声に首を傾げながらも返事をすると、ちょっとだけ扉が開き、その隙間から陽向ちゃんが顔を出した。別に普通に開けても大丈夫なんだけどな。

「え〜とですね、私と香織理お姉さまもお風呂にご一緒したいのですが、宜しいでしょうか?」
「別にそんなに畏まらなくても……構わないけど?」
「ほ……良かったです。いや、九時からのドラマを見ようと思っていたのをすっかり忘れていまして。薫子お姉さまが出るのを待っていたら見逃しちゃいますんで」


 それじゃあお姉さまも呼んできますので、と云って扉を閉める陽向ちゃん。香織理さんが一人でお風呂に入ることの無いように、妹らしくちゃんと気を使っているみたい。
 陽向ちゃんが出て行った後、脱衣所の大きな鏡の前に座ってブラシを取り出す。今日は髪を洗うので、前もって髪をとかしておかないといけないからだ。
 自分では気が付かなくても、あたしくらいの長い髪だと途中で絡まったりしてしまう。これをそのままにして髪を洗ったりすると、洗っているときに指が引っかかったりして痛い思いをするからね。
 この辺りのことは、聖應に来てから奏お姉さまに教わったこと。中学時代のあたしは、今考えるとちょっと怖くなるくらいの適当な洗い方だったからなあ……。
 わりと時間を掛けてブラッシングしたけど、香織理さんたちはまだ来ない。裸になって脱衣所で待っているのも妙な感じなので、服を脱いだらさっさとお風呂場に入ってしまおう。

「んっ……ちょっと涼しいかな?」

 お風呂場は空調の恩恵が最も少ない場所の一つ。広い浴室を湯気だけで暖めるのは無理があり、換気扇によって空気が入れ替えられるので、季節によって結構な温度差が有るのだ。
 東京とは云っても内陸部の山の近く、昼間はまだまだ暑くても、朝晩は結構涼しくなっている。そろそろ湯冷めに気を付けなきゃなと思いながら、身体を洗う為に腰を下ろした。
 ボディブラシに出したソープを肌理細かく泡立ててから、体の外から中心に向けて体を洗っていく。マッサージをするようにして体を洗い、シャワーで洗い流す頃に香織理さんと陽向ちゃんがやって来た。

「あら、もう体を洗い終わっちゃったの?」
「あはは、髪を洗うときはちょっと早めにしないとね」
「あ〜、薫子お姉さまは、時間が掛かりますもんね」
「まあね〜」


 あまり俯かないように気を付けながら、熱めのシャワーで髪全体を洗い流す。確りと濡らさないとシャンプーが泡立たないので、地肌まで丁寧に。
 それからシャンプーを手の平に出して、これもボディソープのように泡立ててから髪全体に馴染ませた後、さっと洗い流す。実際のところ、髪の毛は頭に近い部分は汚れるものの、毛先に近い方はそんなに汚れないものなのだ。
 頭皮から離れれば離れるほど水分や脂分が抜けてパサパサになるので、軽く手で梳く程度で十分。間違ってもシャンプーのコマーシャルのように泡々にしてはいけない。
 さっと洗い流したらもう一度シャンプーを出して、軽く泡立ててから頭皮の方を洗う。マッサージをしながら丁寧に。

「薫子と一緒にお風呂に入ると、いつも思うのよね。よく面倒臭がらずに続けるなって」
「そうかな? まあ、なんだかんだ云っても自分の為だし」


 シャワーでゆっくりと確実に泡を洗い流していると、隣に座っている香織理さんが感心したような声を上げる。自分でもズボラなのは分かっているけれど、髪だけは別なのだ。
 ……適当に洗った翌朝の、ブラシが髪の途中で引っかかるあの感覚……泣きたくなるんだから。
 ちなみに、あたしにそんなことを云っている香織理さんはどうなのかと横目で見ると、丁度、胸の下を洗っているところだった。香織理さんぐらいのサイズだと、下乳に汗疹とか出来るらしいからなあ……。
 愚痴を云いながら手入れが出来るほどあたしの髪はタフじゃない。口から出そうになる文句を飲み込んで、リンスのボトルを手に取った。



 三人並んで湯船に浸かる。香織理さんは偶に半身浴とかしているけれど、今日は普通に浸かっている。

「……う……う〜……?」
「ん? どしたの陽向ちゃん?」


 湯船に浸かっていると、陽向ちゃんが妙な呻き声を上げながら背中に手を伸ばし始めた。痒いんだろうか?

「むむ……届かない……」
「どうしたの。ちょっと後ろを向いてみなさい」


 もぞもぞと変な踊りをする陽向ちゃんを見かねて、香織理さんが声を掛ける。香織理さんに肩を押さえられた陽向ちゃんが素直に後ろを向くと……背中の真ん中辺りにポツンと赤い痕が出来ていた。

「あら……蚊に刺されたのかしら。丁度真ん中だなんて、陽向も器用ね」
「す、好きで刺された訳じゃないですよ!?」
「どうせ、変な格好でウロウロしていたんでしょう」
「そんなお姉さまじゃあるまいしって痛たたたた!」


 陽向ちゃんの肩を掴んでいた手に力が入ったみたいだ。余計なことを云うから……。

「ヤブ蚊か何かだろうね。今が最後の時期だから、頑張って栄養を取ってたんでしょ」
「そうね。体が温まったから、痒くなったんでしょうね」
「うう〜……」


 自然が多いと云えば聞こえは良いけれど、この手の虫は寮の周りにも結構居るからね。陽向ちゃんの部屋はあたしたちと同じ二階だけど、その高さならヤブ蚊くらいは平気で昇ってくる。

「虫と云えば、去年は薫子がテラスの窓を開け放しにしていた所為で、大変なことになったわよね」
「あ〜、あはは……そんなことも有ったっけ」


 香織理さんが寮に入ってきて直ぐの頃だ。閉めた心算でちょっと隙間が開いていた窓から、カメムシとか蛾とかが入ってきてしまい、大変なことになったのだ。
 初音が虫に追いかけられて逃げ回ったり、お姉さまが殺虫剤片手に大立ち回りをしたり……。

「カメムシは臭いんだよね」
「え、この辺りにもいるんですか?」
「うん。聞いた話だと、プールが新しくなる前は、消毒槽のある小屋の壁にミッシリと……」
「ひい〜! 止めて下さい、余計に痒くなっちゃいます!」


 手が届かなくてもぞもぞしていた陽向ちゃんは、何を思ったか急に立ち上がると、湯船の中を歩いて壁際まで行き、ピタリと背中をくっ付けた。そして、そのまま体を揺すり始める。

「何をするかと思ったら……熊じゃないんだから」

 以前にTVで見た、背中を木に擦り付ける熊みたいな動きだった。呆れた様子で頭に手を当てた香織理さんが、力の抜けた声で窘める。

「陽向、恥かしいからやめなさい。後で薬を塗ってあげるから」
「ううっ……は〜い」


 渋々と云った感じで湯船に浸かる陽向ちゃんだけど、痒さを我慢している所為で変な顔になっていた。

「まあ、今の時期はエアコンも必要無くなってきて、窓を開けておきたくなるかもしれないけれど、気を付けてね」
「は〜い」
「しかし……陽向は体が硬いわね。水泳部なのに大丈夫なの?」


 ふう、と軽く息を吐いて浴槽の端――足場として階段のようになっている浅い部分――に腰を下ろした香織理さん。さっきの陽向ちゃんの変な踊りをからかうようにそう云うと、陽向ちゃんは降参するように手を上げて首を振った。

「私は純粋な体育会系ではありませんから。水泳部の皮を被った文芸部、文学少女なのです。体が硬くても仕方が無いのですよ」

 陽向ちゃんの場合は体育会系文学少女だと思うけどな。そんな分類が有ればだけど……新聞記者とか?

「ふ〜ん。陽向はこんなことを云っているけれど、そこの所どうなのかしら、純粋な体育会系の薫子さん?」
「……いや、そりゃあたしは文学少女じゃないけれどもさ」


 なんて返せば良いのか分からなかったあたしは、取り合えず二人に背中を向けてから、
肩越しに腕を背中側に回してみせる。まあ、陽向ちゃんよりは柔らかい筈だ。中学の時の剣道の先生から散々に云われていることだから、ストレッチは確りとやっている。

「おお、柔らかいですねぇ」
「まあ、薫子なら当然か」
「香織理さんだって、毎日ストレッチしてるじゃない」


 美容の為に寝る前の体操を欠かさない香織理さんだけど、あたしも前に見たことがある。

「なんだっけ。雌豹のポーズ?」
「……そんなポーズは無いわ。猫よ、猫」
「わ、私としましては、何故にそんな格好の香織理お姉さまを見ることになったのかが気になりますが……」


 どうもこうも、香織理さんを訪ねて部屋に行ったら、入って良いと云われたので入っただけなんだけど。何しろ四つん這いになって背中を反らしている格好だったから、ちょっとビックリした。
 香織理さんとしては、あたしをからかう為にわざとヨガをしている途中で部屋に入れたんだろうけどね。何だ、こう……香織理さんぐらいのサイズであのポーズすると、迫力が凄いよね。特に胸が……重力の偉大さを知ると云うか。ちっ。



 お風呂を上がった後。
 先に部屋へ戻った香織理さんたちから遅れること少し、髪の手入れを終えたあたしも脱衣所を出て自分の部屋へと戻る。階段を上っていると、丁度上から降りて来た陽向ちゃんとすれ違った。

「あれ、もう薬は塗り終わった?」
「あっはっは、ちょちょいのちょいですよ。ところで、薫子お姉さまもドラマ見ますか?」
「ん? そうだなあ。湯冷めしない格好をしてから行くよ」
「は〜い」


 ひらひらと手を振って階段を下りていく陽向ちゃん。あたしは背を見送ってから階段を上る。すると、今度はテラスのところで香織理さんと遭遇した。

「あれ、香織理さんも陽向ちゃんに付き合うの?」
「薫子……私はちょっと、さっきの話の所為でテラスのことが気になってね」


 うっ、この意地悪さんめ!
 あたしの顔を見た香織理さんが笑う。ちょっと文句を云ってやろうと詰め寄ると、香織理さんがスッと窓の外を指差した。

「直ぐに部屋に戻る心算だったけど、ほら、月が綺麗でしょう?」
「む……わ、凄いね……」


 そんなことで誤魔化されたりしない、と思いながらも窓の外を見て……あっさりと誤魔化されてしまった。
 満月にちょっと足りない綺麗な月が、うっすらとした雲の向こうに浮かんでいた。その月を中心にして、淡く輝く光の輪が見える。『月のかさ』と云うやつだ。

「月暈なんて久しぶりに見たわね」
「げつうん? 月のかさのこと?」


 ええ、と頷く香織理さん。そんな呼び方も有るとは知らなかった。

「仲秋の名月ってやつだね」
「そうね、中秋の名月……でも、月暈が出ると次の日は雨になる、何て云うし……満月を見るのは無理かしらね?」
「……ん? 仲秋の名月でしょ?」
「ええ、中秋の名月」


 夜空に浮かんでいる月を指しながら香織理さんに問い掛けるけど、何か話が咬み合っていない。あたしは窓ガラスに近寄って息を拭き掛け、曇った窓に字を書いた。

「仲秋?」
「中秋」


 あたしの隣に来た香織理さんが、同じように窓ガラスに文字を書く。あれ、と二人で首を捻っていると、パタパタと云うスリッパの足音が聞こえてきた。

「どうしたんです二人とも、こんなところで」
「ああ千早、それに史ちゃんも。いい所に来た」
「……はい?」


 あたしは千早を手招きして、窓ガラスに文字を書いて説明する。二種類の文字を見た千早は軽く頷いて、あたしたちに説明してくれた。

「薫子さんの云う仲秋は、旧暦の八月のこと。香織理さんの云う中秋は、旧暦の八月十五日のこと。十五夜のお月様と云うと、香織理さんの方のことを云うんですよ」
「そうだったんだ。知らなかったよ」


 ふんふんと頷きながら窓の外を見ると、さっきまで見えていた月暈が見えなくなっていた。綺麗な月には違いないので、何とはなしにそのまま月を見る。月見……月見か。

「ねえ千早、和菓子って作れる?」
「何ですか、いきなり。……まあ、云いたいことは分からなくもないですが」
「それは話が早い。是非、月見団子をお願いします……って、何でそんな目で見るのさ。……史ちゃんまで!」
「申し訳ございません、つい」
「つい、って史ちゃん……結構酷い。大体みんな、そんな呆れた顔をしなくても良いじゃない。月にお供えをするのは日本の風習だよ?」
「薫子の場合は、明らかに『月より団子』でしょう……まあ、それはいつものことだろうけれど」


 どうするの? と香織理さんが千早に問い掛ける。千早は暫く考え込んだ後、あたしたちの顔を順番に見てから軽く頷いた。

「そうですね。どうせなら、みんなで一緒に作りませんか?」



 翌日の放課後。

 あたしは香織理さんと一緒に、高等部の敷地を歩き回っていた。お供えの飾りに使うススキなどを集める為だ。

「ちぇっ。どうせなら一緒に作りませんか、な〜んて云っておいてさ〜」
「そんなにくさらないの」


 ススキなんて園芸部に行けば手に入ると思っていたけれど、部長の姿子さんに聞いたところ、生えているのはグラウンドと校舎の間の緑地帯だけとのことだった。ススキに限らず、ハギなどの秋の七草はそちらで手に入るらしい。

「狭い厨房にみんなは入らないのだし、楽しそうにしている優雨ちゃんの邪魔をするのも、お姉さまとしては良くないでしょ?」
「それは分かってるけどさ」
「ん〜……それとも何? 千早と一緒にお団子を作りたかった?」
「な、何云ってるのかなっ!?」


 んふ、と云う妙な笑い声と共にあたしの顔を見る香織理さん。全く、変なこと云ってあたしをからかおうったって、そうはいかないんだから。あたしは歩く足を速めて校舎の裏側へと急ぐ。遅い時間までウロウロしてて、シスターに怒られるのも嫌だしね。

「千早は何も云って無かったけど、ススキだけで良いのかな?」

 目指すススキの群生地に着いたところで香織理さんに聞いてみる。ススキなんて、持とうと思えばいくらでも抱えられるから、他の花を持っていくことも出来るけれど。

「そうねえ、花も有った方が彩りは良いでしょうけれど、そこまで本格的にしなくても良いのではないかしら?」
「そうかな」
「だって、一日中飾っている訳でもないし。お団子も食べちゃうでしょ?」
「あ〜、それもそうか」


 華道部の活け花みたいに何日も飾る訳じゃないからね。月が見えるテラスの窓の内側――要するに廊下だ――に机を出して、その上にお供えするだけだ。お団子だってその日の寝る前のお茶会で食べる予定だし。

「それじゃ、飾る分だけのススキを取って帰りますか」
「あ、待って。念の為に、ワンポイントを」


 香織理さんはそう云うと、近くに生えているハギの花を、枝ごと適当な長さで切るように云った。
 あたしは出かけに史ちゃんに渡された鋏で、ハギの枝、ススキの根元の方を切る。根元から切っておけば後で調整も出来るしね。
 香織理さんが見栄えのよさそうなものを選び、あたしが鋏で切って腕に抱える。十本も有れば足りるだろうと云うことで、素早く退散することにした。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花、な〜んて」

 わさわさと、手に持ったススキを振ってみせる。怖がってる時はこんなものでも幽霊に見えるって云うけれど、これはどんな角度から見たって『千歳さん』には見えないよね。
 香織理さんはクスリと小さく笑って、暗くなってきた空を指差した。

「ほら、もう出てきているわよ。急ぎましょ」
「あ、ホントだ」


 木の陰からチラチラと月が見えている。昨日は雨になるかもなんて香織理さんが脅かしていたけれど、この分なら普通に見れそうだ。
 白玉団子を作るくらいなら、初めて作るだろう優雨ちゃんだって、そんなに時間は掛からない筈。寮の晩御飯が始まる前にさっさと準備を済ませなくちゃね。

「気をつけて帰ってね」
「あっ、お、お姉さまでしたか! ご、ご機嫌よう!」


 遅くまで残っていた部活動の生徒たちと挨拶を交わしながら、寮までの道を急ぐ。どうも、すれ違う時まであたしが誰だか分からなかったみたいだ。

「ついこの間まで暑い暑いと思ってたけど、日が沈むのも早くなったよね」
「そうね。正しく黄昏時と云う感じよね」


 相手が誰だか分からない、か。そう考えると、ちょっと怖い気もするよね。そんな怖い目に会う前に寮に戻り、ホッと一息吐く。

「ただいま〜。ススキ取ってきたよ〜」
「お帰りなさいませ。こちらに」


 出迎えてくれた史ちゃんが、あたしの持っていた鋏とススキを受け取ってくれる。

「史ちゃん。他の準備はもうできたのかしら?」
「はい。テラスの前に机を置いて、お団子も三方でお供えしました」
「わ、三方なんてわざわざ用意したんだ……」


 基督教の寮だからそんなものは無いと思っていたけれど、史ちゃんの話を聞くと、屋根裏の倉庫の中に仕舞ってあったらしい。
 香織理さんと二人で手を洗ってから二階へと向かうと、千早がススキを花瓶に入れて机の上に置いたところだった。

「お帰りなさい、薫子ちゃん、香織理ちゃん」
「初音、もう準備は終わり?」
「はい、完成ですよ」


 数本のススキだけじゃ千早の活け花の腕も活かしようがないのか、適当な長さで束ねて花瓶に入れてあるだけだ……と思ったら、束ねたススキが散らばらないように、ハギの花が咲いた枝で軽く縛ってある。何と云うお洒落さんか。まあ、一応とは云え持ってきたハギが無駄にならなくて良かった。

「もう少し時間が経てば、お月様が昇ってお供えを見てくれるわ。そうね、初音さんとお風呂に入った後くらいかしら?」
「……楽しみ」


 優雨ちゃんの肩に手を置きながらそんなことを云う千早。優雨ちゃん嬉しそうに笑ったところを見るに、お団子作りは上手に出来たんだろう。

「さ〜て、それじゃこのお団子はそれまで食べられないと云うことで。私たちは寮母さんの作った晩御飯を頂く事にしましょうかね!」
「はあ……陽向が薫子みたいなことを云っているわ……」
「あはは……まあ、あたしもお腹が空いてるし。月見をするのはもうちょっと落ち着いてからにしようよ。ねっ!」


 即席のハラヘリコンビを作ったあたしと陽向ちゃんは、みんなに先駆けて階段を下りる。後ろから、香織理さんの溜め息と初音の笑い声が聞こえた。







 廊下に椅子を並べて、月を見ながら食後のお茶を楽しむ……思い付きで云ったわりには、この三年で初めてのイベントになってしまった。実行力が有ると云えばいいのか、遣りたい放題だと怒られればいいのか……。
 まあ、みんなが楽しければそれでいいだろう。誰の迷惑にもならなければ。こういう部分部分だけで取ってみると、初音も由佳里お姉さまに負けず劣らずの『自由な寮長』だなって思ってしまう。
 お月見が終わった後は、一人二個ずつのお団子がそれぞれに配られて、寝る前のお茶会に供されることになった。
 え、太る? そんなの気にしたら負けだよ。

「では、頂きます」
「はい、どうぞ」


 白い団子に餡子が乗った、シンプルな月見団子。お茶請けにお茶の方を合わせるのは本末転倒な気がしなくも無いけれど、今日のお茶は団子に合わせて緑茶だった。
 優雨ちゃんと初音、監督した千早の三人が作ったお団子は、まあ、可もなく不可もなく。勿論美味しいことは美味しいけれど。

「……はふ〜。なんか懐かしい味だな〜。ここ最近、ケーキとかが多かったから」
「……そのケーキも、僕が作ったものが大半なんですけどね?」
「あ、あはははは。やだな〜千早。勿論、千早のケーキは有り難いと思っておりますよ」


 そんなにジト目で見ないで欲しい。感謝してるのはホントのことなんだし。お腹の満足的にも、お財布への優しさ的にも、去年とは比べ物にならないのだから。

「史ちゃんもご苦労様。机とか、屋根裏から降ろすのは大変だったでしょ?」
「いえ、陽向さんにも手伝って頂きましたので、それほどでもありませんでした。ご満足頂けたようでなによりです」
「片付けるのはあたしが遣っておくからさ」


 あたしなら、折り畳み式の机は一人で持てるしね。
 餡子の乗ったお団子をぺろりと食べて、熱いお茶で口直しをして、ホッと一息。う〜ん、二個だとちょっと物足りないかも。
 思わず千早の方を見てしまう。お皿に乗った二つのお団子……すると、千早があたしの視線に気が付いて苦笑した。

「物足りないですか?」
「え? あはは……」
「……そう云えば、薫子さんは月見団子のこんな云い伝えを知っていますか?」
「ん? 急にどうしたの?」


 云い伝えって、そんなことをあたしに聞かれても……お団子の云い伝えなんて知らないけれど。

「月見泥棒と云う話がありましてね。月見団子は他所の人が盗っても『月が食べた』と解釈して、おめでたいと云う話があるそうなんです」
「へ〜、盗っても良いんだ」


 そんなことを云っちゃうと、千早の分を盗っちゃうぞ? あたしはニヤニヤと笑いながら、千早のお皿へと手を伸ばす。ところが……。

「月がお供えを持っていくのはおめでたいこと……そこから、月見団子を食べると子宝に恵まれると云う云い伝えがあるんです」
「え、こ、子宝っ!?」
「だから、嫁入り前の女の子は月見団子を食べてはいけない……そんな風習の有る地域もあるそうですよ」
「そ、そうなんだ〜。ふ〜ん」


 子宝……誰の? あたしの? 誰と?

「……」
「……」


 千早も照れるぐらいなら始めから云うんじゃないよ! もう!


**********

 九月の日常、みたいななお話。
 ちょっとした時事ネタを合わせて。

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はじめまして
おとぼく2大好きでリプレイ軽く2〜30回するほど大好きなんですよね!(PSP版も同じくらい)薫子や千早たちが生き生きと描かれて居てとても素敵です。
できたら歌ちゃん(雅楽乃)も出してやってくださいませ^^
とうこ
2013/11/22 20:42
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