A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 外伝的なお話4

<<   作成日時 : 2013/12/02 23:02   >>

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 それは12月の、とある日の話。


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 それは12月の、とある日の話。
 夕食後、陽向と一緒に入浴していた香織理は、順番待ちをしていた薫子に声を掛ける為に食堂を訪れた。
 ここ最近、薫子は千早や史とお茶を飲んで待っていることが多い。香織理は本当に仲良くなったものだと思いながら扉を開けると、複数の視線が音に反応してこちらを向いた。

「お風呂、空いたわよ」
「は〜い。さて、それじゃ入ってきますかね」


 カップの中に残っていたお茶を一息で空けると、薫子は千早たちに軽く手を振ってから食堂を出ていく。香織理にくっついて一緒に食堂に来ていた陽向は、薫子の背中と千早を交互に見て、本人としては至極真っ当な質問をした。

「いつも思うんですが、千早お姉さまは薫子お姉さまと一緒に入らないんですか?」
「えっ? ええ、そうね……ちょっと落ち着かなくて」


 若干戸惑った様子で返事をする千早。勿論、香織理はその理由を知ってはいるが、そんな弄り易そうな態度を取られると、どうしても声を掛けたくなってしまう。

「今なら、千早が頼めば薫子もOKしてくれるんじゃないかしらね?」
「香織理さん、勘弁して下さい」
「さて、どうしようかしらね。……史ちゃん、悪いのだけれど、私と陽向の分のお茶をお願いしても良いかしら?」


 口止めの代わりとでも云いたげな香織理の視線に、史は素直に頷いてお茶の用意をするために厨房へと入る。もっとも、そんな交換条件を出さなくても、史は陽向の役割を取ってお茶を淹れてしまうのだが。
 陽向が慌てて史の背中を追いかけていく間に、香織理は先程まで薫子が座っていた席に腰を下ろした。

「もう寒くなっているんですから……夏と同じ格好でお風呂上がりにうろうろすると、風邪を引きますよ」
「ふふ……でも、火照った体を少し冷まさないと、落着けないから。千早たちに時間が有るなら、ちょっと話に付き合わない?」


 香織理の身を案じる千早の言葉に、香織理は肩を竦めながら答える。もっとも、下着一枚にワイシャツと云う格好は夏と同じだが、今はワイシャツのボタンを全て留めてあったりする。
 千早と史は薫子が風呂を終えるまで食堂で待つ心算らしく、お茶を飲む香織理たちの話に付き合うことになった。
 史が香織理と陽向の分のお茶を用意して席に戻り、各人がお茶で口を湿らすのを待ってから、香織理が千早に声を掛ける。

「それで、薫子とは何を話していたの?」
「年末のダンスパーティーの件で、ちょっと。私も初音さんに頼まれてダンスの講師を引き受けることになったので」
「ああ……なるほど。エルダーって大変よね」
「一応、男女両方のステップで踊れますけれど、沢山の人の練習を見るのはちょっと……」


 困ったように笑う千早。そんな千早を香織理は生暖かい目で見た。笑えると云うことはまだ余裕が有るのだろうけれど、エルダーのダンスパーティーはある意味ではもう始まっていると云えるのだ。
 香織理のそんな眼差しを見た陽向は、これはなにか面白そうな予感がするとひっそり笑う。とは云えもうちょっとヒントが欲しいところなので、香織理の袖を軽く引いて尋ねることにした。

「ダンスパーティーって、そんなに大変なんですか?」
「そうね、陽向は初めてだし、千早もまだ良く分かっていないみたいだから、ちゃんと説明した方が良いかしらね」


 生徒の過半数が参加するダンスパーティーだが、ペアを組んで参加しない人間も多数居る。そんな参加者たちの一番のお目当てと云えば勿論エルダーなのだが、パーティーの時間はそれほど長いものではないので、当然ながら踊れない人も出てくる。
 そうなると、当日の混雑を避けるようにして、練習でも良いからエルダーと踊りたいと云う人間が講習会に殺到することになるのだ。

「つまりエルダーは、練習でも本番でもずっと踊り詰めになると云うこと。体力勝負になるから、疲れを溜め込まないようにしないと駄目よ?」
「そ、そんなにですか……」


 初音の顔を見て薫子がさっと逃げ出したり、講習会に出てくれるようにと頼んできたときの初音の微妙な笑顔はこれが原因だったのか、と千早は納得する。
 いつもはハッキリと物事を口にする薫子が、ダンスパーティーの件で妙に曖昧な口調だったのは、自分は巻き込まれたくないと思っていたからなのだろう。昨年の姉がエルダーだった薫子が、事情を知らないはずはないのだから。

「中等部にはダンスパーティーなんて無いし、大きな家の娘でもないと社交ダンスなんて中々覚えられないから、一年生の大半は講習に参加するから……まあそうね、三百人ぐらい? 一日で集まるわけじゃないけれどね」

 その人数を聞いて千早は体が震えるのを感じた。ちょっと甘く見ていたかもしれない、と。

「は〜、そうですか。私は講習会に参加しませんけど、クラスのみんなの慌ただしさはそれだったんですねえ」
「あら、陽向は社交ダンスを踊れるの?」
「え? いいえ全然ですよ。私は厳しい先生に教わるよりも、香織理お姉さまに寮で教えてもらえば良いかな〜って思ってました」


 のほほんとした顔で云う陽向に、香織理は片眉を上げることで答えた。何を考えているのかと問い質しげな視線に陽向は肩を竦める。

「……まあ、構わないけれど。なんでそう思ったの?」
「いやあ、お姉さまは男性のステップを踊り慣れてそうだな〜と思いまして」
「……そうねえ。今年は生憎一人だけど、去年は陽向よりも可愛い子たちがダンスの申し込みをしてきたものねえ。陽向よりも可愛い子たちが」
「なんでそこを二回云うんですか!?」
「大事なことでしょ?」


 文句を云う陽向と、それを軽くあしらう香織理。いつものやり取りが始まったのを見て、千早は小さく首を振る。

「千早お姉さま、お茶のおかわりなどいかがでしょうか」
「ありがとう。いただくわ」


 そっと千早に寄り添った史の申し出に頷いて、千早は二人のじゃれ合いが終わるのをゆっくりと待つことにした。



 香織理の必殺技、ウメボシが陽向に炸裂してから暫くの後。
 荒くなった息を整えている陽向の隣で、何事も無かったかのように澄まし顔をしている香織理が呟いた。

「それにしても、千早って本当に何でも出来るのね。今更な話かもしれないけれど」
「そ、それは本当に、今更な話ですねえ……」
「別に、何でも出来るわけじゃありませんよ。大半はやらされて覚えたものですし」


 途切れ途切れに喋る陽向に苦笑しながら、千早は香織理の言葉を手を振って否定する。以前にも同じことを聞いている香織理は、曖昧な笑みを浮かべて沈黙した。
 陽向もまた、千早の表情から何事かを察して口を閉じると、お茶を飲んで一息吐いてから話を変える。

「何と云いますか、千早お姉さまは私たちが云うところの『オリ主』みたいですね」

 陽向のその言葉に、ぶっ、と云う音が聞こえた。
 千早たちが音のした方向を見ると、史が口元を手で押さえながら食卓を拭いている。

「申し訳ございません。史のことはお気になさらず」
「え、ええ……それで、何だったかしら」


 史が何に反応して吹き出したか分からないものの、千早は陽向に聞き直す。

「はあ、ええと。要するに物語の主人公のようだなと思いまして」
「主人公……ですか」
「へえ、陽向は千早のどこがそう思うのかしら?」


 要領を得ないと云った感じの千早に比べ、香織理は興味深そうに陽向の言葉を待つ。香織理の反応に気を良くした陽向は、滔々と語りだした。

 まずは容姿端麗なところですね、銀髪碧眼で良く目立ちます。次に知力体力は勿論のこと時の運――エルダー選挙に間に合うタイミングで転入してきましたし――もあります。
 絵画や音楽など芸術方面も良し、家庭内のことだって料理は得意、授業の内容を聞いた限りではお裁縫も問題なくこなせるみたいですし。

「これで瞳の色が左右で違っていて、実は美少女に見えるけど男でした〜なんてことになったらもう――」

 再び、ぶっ、と云う音が聞こえた。陽向が不思議そうに周りを見回すと、今度は千早と香織理も史と同様に吹き出していた。

「ええと、私は何か変なことを云いましたでしょうか」
「……ま、まあ、変と云えば変なことよね」


 陽向は居心地の悪そうな三人を見て首を傾げるものの、曖昧に笑う香織理を見てやっぱりこっち系の話はみんなに通用しないのかなと軽く流すことにした。

「まあ、なんであれ色々と出来るのは素晴らしいかと思いますけれど……逆に、千早お姉さまに出来ないことって何かあるんですか?」
「えっ? 出来ないことですか?」


 話が変わったことに喜んだのも束の間、思わぬ方向からの問いかけに千早は何度か瞬きをして首を傾げた。基本的に出来ないことを無くすようにと教育された千早にしてみると、全く出来ないことと云うのは自分でも直ぐには思い浮かばないのだ。

「以前優雨ちゃんに聞きましたけど、千早お姉さまは絵も上手なんですよね? ピアノも弾けると云うし、料理は上手だし、勉強も運動も出来るし……」
「ひ、陽向ちゃん、そんなに持ち上げないで頂戴」
「出来ないことと云うよりは、弱点や欠点があるのかなって思ったりしますけど」
「あ、それは私も興味あるわね。千早って欠点とか少なそうだし」


 千早の『人には云えない色々な弱み』を知っている香織理が、そんなことを云って話を煽った。これで香織理に欠点まで知られては色々と弄られてしまうと考えた千早は、さっと目を逸らして口を閉ざす。

「あら、完全防御の構え。……ねえ、史ちゃんは何か知っていて?」
「ふ、史……駄目ですよ」


 香織理の期待に満ちた目と、千早の縋るような目。史は両者を見比べた後、香織理に向かって頭を下げた。

「申し訳ございません。史は千早お姉さまの侍女なれば、千早お姉さまの欠点をお話しすることは出来ません」
「ふ、史……それじゃ、欠点はあると云っているようなものじゃない……」
「あっ……」


 肩を落とす千早と慌てて口元を抑える史。香織理と陽向はそんな二人を見て一頻り笑った後、視線を合わせてから軽く頷いた。

「香織理お姉さま、ここは史お姉さまの忠誠心に敬意を表して、追求するのは止めておくべきかと思いますが?」
「そうね。史ちゃんの居ないところで追及するとしましょう」
「……もう、二人は本当に仲が良いですね。こんな時ばかり協力して」


 大きな溜め息を抗議の言葉と共に吐き出す千早。香織理を含めた多人数で話をしていると、会話のイニシアチブが彼方此方を跳ね回って戸惑ってしまう。
 自分の内面を上手く隠すために覚えたと思われる香織理の話術は、千早に出来ないことの一つであるのは間違いないだろう。
 自分に不利な状況だと考えた千早が一旦退却と腰を浮かせかけた時、食堂の扉が開いて薫子が顔を出した。

「ふい〜……千早、お風呂空いたよ〜」
「薫子さん、ナイスタイミングです」
「ふぇっ?」


 千早は史に目配せをすると、にこやかな千早の声に首を傾げる薫子の脇を抜け、脱衣場へ向かって逃げ出した。

「ん〜? 何を話してたの?」
「ふふっ……ちょっと千早の弱点探しをね――」
(……聞こえない聞こえない)


 背後から聞こえてくる声に、残された薫子と史が二人の口車に乗せられないことを祈る千早だった。







 そんなことがあってから数日後の放課後のこと。

 千早は薫子を伴って社交ダンスの講習会へと向かっていた。
 先日は逃げ出した薫子だが、自分でもそれがエルダーの役目だとは分かっていたようで、口ではブツクサ云いながらも千早に従っているのだった。
 要するに、面倒事は後回しにしておきたかったのだろう。もっとも、千早が身柄を確保しなければ、また逃げ出していたかもしれないが。
 講堂へと向かう千早たちの隣には、雅楽乃と淡雪の姿が有る。千早が今日の講習会の講師役として参加することを何処かで聞いてきたらしく、是非ご一緒にと云うことらしかった。
 そんな雅楽乃たちが、最近の寮の様子などを知りたいと云うことになり。

「――で、千早の欠点を探そうじゃないか、なんて話が出てね」

 なんでその話になるんだろう、と千早は憮然として薫子を見る。

(……もしかして、講習会に連行されることの意趣返しだろうか)
「千早お姉さまの欠点か〜。私としては興味があるけど、そう簡単に見付かるものじゃないですよね」
「ふふっ……雪ちゃんは、春先からずっと千早お姉さまの弱点を探しているものね」


 敢えて話に加わらないようにしている千早を余所に、雅楽乃と淡雪は楽しそうである。淡雪などは千早の表情を見て言葉を選んでいるようで、ちょっとした意地悪なのだろう。

「しかし、千早お姉さまが主人公と云うのは、中々に面白い喩えですね」
「宮藤さん、でしたか……創造祭の演劇でシナリオを書いただけあって、発想が人と違いますね」
「でも、千早が主人公の物語だと、波乱万丈な感じになりそうだよね」
「あら……薫子お姉さまだって、千早お姉さまと一緒の時間を過ごしているのですから、その波乱万丈に巻き込まれているんじゃありませんか?」
「うっ……」


 淡雪の指摘を聞いて、薫子は言葉に詰まる。全く持って否定出来ないからだ。
 創造祭の演劇でキスをしたことが脳裏に蘇り、もし千早が主人公ならあたしはヒロインになるのだろうか、などと考えてしまい顔が赤くなった。

「ま、まあ、物語になるかどうかは陽向ちゃんの今後に期待しておいてだね、そう、千早の欠点の話だけど――」
「ちょっと、薫子さん」
「いいじゃない、別に大したことのないものだし」


 千早は薫子を止めようと思うものの、薫子はひらひらと手を振って取り合おうとしない。千早は後で薫子に仕返しすることを心に決めた。

「大したことがないんですか?」
「そうだよ〜。パッと思い付くのは、珍しい食材に目が無いことかな」
「えっ……それ、弱点なんですか?」


 薫子の言葉を聞いた淡雪が目を見開くが、内心では千早もちょっと驚いていた。自分の考えていた欠点とは大分違っていたからだ。

「ほら、料理が好きなせいか、普段見ないような食材を見付けると、その前ではしゃいでたりするらしいんだよね。本人は気が付いてないみたいだけどさ」
「私、そんなことをしていましたか?」
「手に取ってじっと考え込んだかと思えば、にやにや笑ったりしてるって初音に聞いたよ?」
「……は、初音さんから、聞いたのですか?」


 千早は初音や優雨と一緒に夏休みの旅行に行った時のことを思い出した。あの時は確かに、滅多に見ない食材を手に入れて浮かれていたように思う。
 とは云え、まさか初音がそのことを薫子に云うとは思わなかったので、千早としては本当に驚いていた。いや、初音が『にやにや笑っている』などとは云わないだろうから、どこかで話が変わってしまったのかもしれないが。

「……それは千早お姉さまの欠点と云うよりも、むしろ可愛いところなのではないでしょうか」
「あははっ、確かにちょっと見てみたいかも」
「でしょ? 他にも――」
「薫子さん、そろそろ講堂に着きますから、お話はその辺りで」


 千早の制止の言葉を聞いて、薫子たちは廊下の端に辿り着いたことに気が付いた。渡り廊下を渡れば直ぐに講堂である。

「ああ、おしいっ。薫子お姉さま、この話はまた後で」
「それでは、私たちは先にあちらへ行っておりますので」


 講師役の千早や薫子と違って雅楽乃と淡雪は生徒側なので、集まる場所も離れている。頭を下げて去っていく二人を見送った後、千早と薫子も歩みを再開した。

「もう、薫子さん? あまり変なことを云わないでください」
「あはは……ゴメン」
「……その笑い方、全然反省していないでしょう」


 頭を掻いて舌を出す薫子を見て、千早は溜め息を吐きだした。ダンスの練習はそれなりに体力を使うというのに、開始前から随分と疲れた気になる千早だった。



 そして、練習が終わった後。

「ふう……」

 一時間の練習の間に、何人と踊ったのだろうか。千早はその場に用意されていた椅子の一つに座り、ゆっくりと足を摩っていた。
 千早自身がダンスの練習をしていた時は、これ以上の練習時間になったこともある。それでも今、こうして疲れているところをみると、長い女子高生活で思ったよりも体が鈍っているのかもしれない。
 薫子の相手をする体育の時間以外は、男性として全力を出さないように気を使っているからかもしれない。薫子のように運動部に顔を出していればまた話は違ったのかもしれないが、それは今更な話だろう。

「千早、大分疲れたみたいだね?」
「薫子さん。……雅楽乃に、雪ちゃんも」


 手を振りながら千早に近づいてくる薫子。千早はその後ろに雅楽乃と淡雪が居るのに気が付いた。

「薫子さんは疲れなかったんですか?」
「ん〜、あたしはものを教えるんじゃなくて、ただ踊ってただけだからね。このくらいなら、まあ平気かな」
「千早お姉さまは大丈夫なんですか? 本番は今日の倍以上の時間がありますけれど」


 二年生である雅楽乃と淡雪は昨年もダンスパーティーを経験している。淡雪は、たかだか一時間で疲れている千早を見て、少し心配になったのかもしれない。

「ええ……大丈夫よ。ちょっと慣れない男性のステップだったから、少し疲れただけ」

 ぶふ、と薫子が小さく吹き出す。咄嗟の言い訳とは云え、男である千早が『慣れない男性ステップ』などと云ったのでツボに嵌ったらしい。肩を震わせている薫子をちらりと見ながら、千早は心配そうにしている雅楽乃に微笑みかけた。

「それに、ダンスを相手に教えるとは云っても、雅楽乃のようにちゃんとダンスを覚えている子たちしか担当しなかったもの。私の方が相手の足を踏まないかどうか、心配だったくらいよ」
「あっ……それはその……い、意地悪です、千早お姉さま」


 千早と踊りたいからと講習会に参加したことを千早に知られ、雅楽乃はさっと顔を赤くして縮こまった。
 一年生の時から人気のあった雅楽乃のこと、踊り方を知らないなんてことは有り得ないだろう。今年もまた多くの相手から声を掛けられている雅楽乃は、本番で千早と踊れなかった時のための保険をかけたのだ。

「ふふっ……別に呆れているのではないわ。いつでもは無理だけど、雅楽乃が望むならまた踊ってあげる」
「……本当ですか?」
「雅楽乃も沢山の下級生の子を相手にするのでしょう? なら、ご褒美を上げなくてはね」
「あ、ありがとうございます、お姉さま!」
「……聞きましたか淡雪さんや。千早の奴、ナチュラルに口説いておりますぞ」
「……聞きましたわ薫子お姉さま。流石はヤリ手の千早お姉さまですわね」


 モジモジしている雅楽乃と、それを生暖かい目で見ている薫子と淡雪。そんな一同のところに、先生たちに挨拶を終えた後の初音が歩み寄ってきた。

「お疲れ様でした、みなさん。……千早ちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。初音さんこそ平気ですか? 何人かと踊っていたようですけれど」
「あはは……私はちょっと息切れしちゃいました」


 小さく舌を出してから千早の隣の椅子に座る初音。年末になって多忙さを増す生徒会の会長だけあって、やはり疲れているようだ。それでもにこやかに笑っていられるのだから、初音は大したものだと思う千早である。

「薫子ちゃんと千早ちゃんが講習会に参加すると、やっぱりいつもより人が多くなるみたい。雅楽乃ちゃんたちも来ているしね?」
「あ、あの……初音お姉さま、もう勘弁して下さい……」
「えっ、えっ? ど、どうしたの雅楽乃ちゃん?」


 初音から優しい笑顔で見詰められた雅楽乃は、とうとう両手で顔を覆ってしまった。先程までの会話の流れを知らない初音は、なんで雅楽乃がそんなに恥ずかしがっているのか分からなくて慌て始める。

「……なんて云うかさ〜。気に入っている相手を苛めてからかうって云うのも、千早の大きな欠点の一つだと思うんだよね〜」
「……ああ、なるほど。確かにそれは千早お姉さまの欠点ですね」
「えっ。ちょ、ちょっと二人とも。なんで今そんな話になるんですか?」


 薫子の口からいきなり飛び出した話に、淡雪が深く頷いた。ぎょっとした千早は二人を見るが、薫子と淡雪は視線を宙へと飛ばして会話をしようとしない。

(うたちゃんなら、ソコは千早お姉さまの良いところだって云いそうだけどね……)

 普段から、千早に向かって苛めて下さいなどと云っている雅楽乃のことだ。淡雪は変わってしまった雅楽乃のことを思って横目でちらりと見る。まだモジモジと動いていた。
 暫くの間、オドオドする初音とモジモジする雅楽乃、説明に困る千早と云う混沌とした空間が続くのだった。







「全くもう……酷い目にあいました」
「ん〜? 幼気な下級生を苛めたんだから、それくらいの罰があっても良いんじゃな〜い?」
「なんですか、それ……」


 初音たち生徒会は後片付けのために講堂に残り、雅楽乃と淡雪は一足先に帰宅の途に就いた。千早は薫子と共に、ゆっくりと寮へ向かって歩いていた。
 千早の話を聞き流す薫子は、どこかからかう様子で下手な口笛を吹いている。

「大体、僕が主人公とか……そう云うのは勘弁してほしいですよ」
「ん? 主人公になるのは嫌なの?」
「人生は自分を主人公にした物語……とかそう云う話は脇に置いておくとして、僕自身はそんなに波乱万丈な人生は過ごしたくありませんね」
「ふ〜ん、安定志向なんだ」


 何処かつまらなそうに云う薫子に、それとはちょっと違うんだけど、と口に出さずに反論する千早。
 平穏な人生が良いというのなら、一年前の何もしていなかった自分こそが、平穏な人生だったのだろうと思い返す。それは要するに何も起こらない――何も変わらない生活だが、心の中まで変わらない、悩み惑う堂々巡りの人生は御免だった。
 とは云え、あの頃の心境を口に出して薫子に説明するのは、今はまだ遠慮しておきたい千早なのだ。
 薫子は暫く黙って歩いていたが、やがて何度か咳払いをすると、改まった声を上げた。

「あ〜、ところで、千早の欠点の話だけどさ」
「……何です? まだ苛めるんですか? 今日のデザートは抜きにしますよ?」
「え、ちょ、別にそう云うことじゃないってば!」


 拗ねた千早に切り札を出されてしまい、薫子は慌てて両手を振る。それなりに勇気の要ることを云おうとしていたのに、あっさりと流されてしまうと溜まったものではない。

「そのさ、千早の欠点と云えば、やっぱり素でも男の子には見えない綺麗な顔ってところなんだろうけどさ……」
「……で?」
「お、怒らないでよ……その、千早がそうじゃなければ、こうしてあたしと出会うこともなかったわけだしさ、その点は感謝しているわけよ」
「……はあ、そうですか」
「は、反応薄いな、もう」


 何を今更、と云った感じでむっすりとしている千早を見て、薫子は云うタイミングが拙かったかなと眉を寄せる。
 それでもちゃんと云って置かねばと思い、薫子は千早の前に回り込むと、体を屈めて上目遣いに千早を見た。

「……千早は、その……あんまり好きじゃないみたいだけどさ、あたしは千早の顔、好きだからね」
「……」


 両者が足を止めて、暫く。我慢出来なくなったのは千早だった。

「ぷっ」
「あっ! な、なんで吹き出すかな! あたしは真剣だぞ!?」
「ごめんなさい、不意打ちだったものだから」


 くつくつと低い声で笑う千早を見て、薫子は急につまらなくなって踵を返した。ふんと鼻息荒く歩き始めると、千早が隣に並んでくる。

「ありがとうございます。僕も、薫子さんのこと好きですよ」
「笑いながら云ったって説得力ありません〜」
「困りましたね。どうしましょう?」
「……今日のデザートは豪華にして」
「……はいはい」





 そんな、12月のある日の話。


**********

 千早の容姿は「ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう」っぽいと思う。

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