A-O-TAKEの隠し部屋

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zoom RSS 外伝的なお話5

<<   作成日時 : 2014/01/09 21:17   >>

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 炬燵と蜜柑と餅。
 それが日本の冬。




**********




「んん……おはよ〜」

 薫子は、ふああああ、と大きな欠伸をしながら食堂に入った。常の習慣で挨拶をするが、食堂には誰の姿も無い。今日はクリスマス翌日の26日だが、おはようと云うには遅すぎる時間だった。
 ダンスパーティーの後に行われた寮での食事会――と云う名のパーティー――の後、薫子は疲労の為かいつもよりも大幅に寝過ごしてしまった。食事会でお腹一杯食べたことで、寝ている最中に空腹にならなかったのが原因だろう。
 ちらと壁掛け時計を見ると、朝と云うよりは昼に近い時間。当然ながら食卓の上には何も無く、薫子は微妙に重い腹を撫でながら厨房へと入った。

「牛乳とかあったかな……?」

 よく聞かれる迷信を信じる訳ではないが、気が付いたときには飲むことにしている牛乳を冷蔵庫から取り出して、コップに一杯。
 ふは、と息を吐いて空になったコップを軽く濯いでから流しに置き、食堂へと戻る。何となく無人の食卓に一人腰かけながら、寒そうな食堂でふと思った。

(そりゃあ学生寮とは云っても、いつも誰かが居る訳じゃないから……当たり前なんだけど)

 昨夜が派手なイベントだったからなのか、妙に寂しく感じてしまう。二年の半ばまでは奏と二人きりの寮と云うことも珍しくなかったのだが、よくよく考えると独りぼっちになるのは自分の部屋に居るときくらいだった。
 詰まらない、そう感じるままに食卓の上に上体を倒し、横顔を食卓に乗せる。視線の先にある窓からは、薄らと雪が積もっている桜の木が見えた。
 昨夜、千早と二人で見上げた夜空から降ってくる雪は、温かささえ感じたのに……葉の無い木に積もった雪は冷たそうだ。
 嫌な気分になった薫子は、ぅぅぅと小さな呻き声を上げながら顔の向きを逆側――食堂の入り口側――に変え、そこで腕を組みながら薫子の様子を窺っていた香織理と目が合った。

「……。……うおぅ!? いつから居たの!?」
「今来たところだけど」


 暫く無言で香織理を見ていた薫子が慌てて上体を跳ね上げる。腕組みのままで肩を竦めた香織理は、薫子の視線が胸の方に移ったのを見て苦笑すると、薫子の正面の椅子に腰を下ろした。

「薫子の奇行は今に始まったわけじゃあないけれど……どうかした?」
「奇行って、いや、まあ、ちょっと暇だなと。……みんな出掛けてるの?」


 薫子の言葉の裏に潜んでいるものに気が付いた香織理は素直に口を開いた。初音と優雨は荷造りに使う道具を買いに、千早は実家に母親の様子を見に行き、史は当然それに付き合って。

「陽向ちゃんは?」
「陽向は食事の後で直ぐに部屋に戻っちゃったわ。あの子も荷造りしているんじゃない?」


 そっか〜と気の抜けた返事をして再び上体を倒す薫子。頬杖を突いて薫子を見る香織理は、膨らんでいる薫子の頬を人差し指で突きながら笑い掛ける。

「うりうり、寂しいのなら寂しいって云って御覧なさいな?」
「……さ〜み〜し〜い〜……」
「千早と良い雰囲気になってたものね?」
「うぐっ……香織理さん、なんだか意地悪度が上がってない?」
「だって、みんなの前だとからかえないじゃない?」
「からかうのを止めれば良いじゃんさ〜」


 口ではそう云いながらも、薫子は香織理に突かれる度に口の端からぷひーと息を漏らし、指が離れると再び頬を膨らませている。それなりに楽しんでいるようだった。
 暫く二人でじゃれていると、不意にインターホンが来客を告げた。ピンポーンと、どこか間の抜けた音を聞いた薫子は顔を上げて香織理を見る。

「今日、誰か来る用事は有ったっけ?」
「……無かったと思うけれど」
「じゃあ、宅急便か何かかな」


 薫子はよっこいしょと年寄っぽい声を上げて立ち上がると、インターホンの親機が有る厨房へと足を向けた。





「ありがとうございましたー」

 薫子がサインをした伝票を持って宅配便が帰っていく。受け取ったのは大きなダンボールの箱で、一目で分かるような家電メーカーのロゴと品物の絵がプリントされていた。

「炬燵、ねぇ。誰が買ったの?」
「陽向ちゃんだよ」


 受け取りを薫子に任せて様子を窺っていた香織理は、廊下の壁に立て掛けられた箱を見ながら薫子に尋ねた。
 一人用ではない、どう見ても家族用サイズの大きな炬燵なのだが、来年に卒業する自分たち三年生が買う訳はなく、史が炬燵でのんびりしている姿も想像出来ない。
 尋ねる前から消去法で分かっていたのか、香織理は軽く首を振って息を吐いた。

「うわ、これ20s超えてるよ。香織理さん、二人で持っていこう」
「……そうね。陽向と薫子じゃバランスが悪いだろうし」


 箱の側面にある持ち手用の穴に指を入れて、タイミングを合わせて二人で持ちあげる。箱が指に食い込む痛みに薫子は眉を顰めた。
 上下に分かれて階段を昇り、踊り場で器用に反転して二階を目指す。声を掛けなくてもバランスよく運べている辺り、お互いの呼吸が分かっているようだった。

「それにしても……運送屋さんは軽々と持っていたけど……結構きついね」
「だって相手はプロだもの。……何、薫子も軽々と持ってみたいの?」
「遠慮しとく〜。荷物持ちは千早に任せるよ」
「あら。……ふうん」


 香織理は、自分の失言に気が付かない薫子を含み笑いで眇め見る。訳が分からず首を傾げている辺り、薫子にとって千早と買い物に行くのは自然なことになっているようだ。

(見方を変えれば男の子と買い物デートってことになるんだけどね……ま、薫子らしいと云えばそうなんだけれど)

 陽向の部屋の前まで荷物を運び、壁に立て掛けるようにして降ろす。香織理が常の調子で陽向に呼び掛けると、ややあって部屋の扉が開いた。

「はーい、お待たせしましたお姉さま。どうかしましたか?」
「あなた宛ての荷物が届いているわよ」
「おお、ついに届きましたか。愛しのマイ炬燵ちゃん……って、え?」


 香織理の言葉に嬉しそうに笑った陽向だったが、香織理の手がポンポンと叩いている箱を見て動きを止めた。

「あの、これですか?」
「そうだよ。はいこれ伝票」
「あ、ありがとうございます」


 薫子から受け取った伝票を見た陽向は眉を寄せた。箱と伝票を見比べてからううむと唸って眉を寄せる。どうも予期せぬトラブルのようだ。

「何、品物が違ってたとか、そういうの?」
「いえ、違うと云ったら違うんですが……」


 煮え切らない言葉を漏らす陽向に、薫子と香織理は互いの顔を見合わせる。間違っているのならハッキリそう云うのが陽向の性格だ。そもそも自分で注文したのなら合っているか違っているかぐらいは分かる筈。

「ちょっと陽向。この重たい箱をここまで運んできたんだから、話ぐらい聞かせて貰ってもいいでしょう?」
「あ、はい、そうですね。取り敢えずお入りください」


 陽向はそう云って二人を誘うと、箱を引き摺って部屋の中へ運び入れた。薫子たちが部屋の中に入ると、部屋の真ん中に置き畳が並べられているのが見えた。どうやら炬燵の為にわざわざ準備したものらしい。
 陽向は二人に椅子を勧めると、自分は置き畳の真ん中に箱を引き摺り上げて開封を始めた。

「いや、実はこれ、両親からのクリスマスプレゼントなんですよね」
「え? 炬燵が?」
「私はいつもの癖で特に要りませんって云ったんですけれどね、どうしてもって云うもので、炬燵をお願いしたんですよ。……私としては、一人用のものを頼んだ心算だったんですけどね」


 陽向はそう云っているが、開き終わった箱から出てきた炬燵のサイズは、やはりどう見ても家族用。説明書を取り出して中を読んだ陽向は、乾いた笑い声を上げた。

「あっはは〜……180×90ですって。それでも市販品な辺り、きっとお母さんが頑張ってくれたんだろうなあ……」

 陽向は香織理に説明書を手渡すと、自分は炬燵の足を本体に取り付ける作業を始めた。薫子は香織理の隣から説明書を覗き込む。八人用と書いてあった。
 家具調のどっしりした炬燵でなかっただけましなのだが、さてこの場合はスケールの大きな父の愛を褒めるべきか、それとも陽向の心情を思いやった母の愛を褒めるべきだろうか?

「八人て、寮のみんなが入っても大丈夫じゃん」
「まあ、暫く出番は無いと思うけれど」
「え、どうして?」
「……サイズの合う布団は有るの?」


 あっ、と薫子と陽向の声が重なった。一人用の炬燵なら普段寝るときに使っているものでもいいだろうが、この炬燵に合うものとなるとキングサイズの掛け布団でも足りないだろう。
 陽向は組み立ての為に手を動かしながらも、うぬぬと悔しそうに唸っている。足を取り付け終わってから本体を起こし、その上に乗せた天板を平手て叩いた。

「お客様用のお布団を二枚借りれないですかね?」
「なんでそこまで直ぐ使うことに拘るのよ。もう直ぐに帰郷するのだし、帰ってくるときにちゃんとした布団を持ってくればいいじゃない」


 来客用のを使うと後で手入れもしなきゃいけないのよ、と香織理が陽向を諭す。陽向は天板をペシペシと叩きながら口を尖らせた。

「だってこのままじゃ場所を取るだけの座卓じゃないですか! 炬燵を炬燵として使わないなんて炬燵に対する冒涜ですよ!」
「何それ訳が分からないわ」


 薫子は言葉のやり取りからウメボシ、さらに頬の引っ張りに移行していく二人を見て笑いながら、ふと思い立って声を掛けた。

「別に、夜の夜中までそのままにしとく訳じゃないよね? なら、あたしの布団を貸すよ。陽向ちゃんのと合わせて使えば大丈夫でしょ」
「え、良いんですか?」
「いやあ、あたしもちょっとこの炬燵に興味有るし」
「さっすが薫子お姉さま! どこかの意地悪なお姉さまとは違いますね!」
「はいはい、私が悪かったわよ。暖房が効いているとはいえ、居眠りしたりしないようにね?」


 一通り陽向の頬を弄って気が済んだのか、香織理はひらひらと手を振ると、そのまま陽向の部屋を出ていった。
 薫子も香織理の後に続いて部屋を出ながら、最後に炬燵に入ったのは何時だったかと思い返す。寮に入ってからはその機会が無かったので、中学時代まで遡るだろうか。
 陽向はTVゲームなども寮に持ち込んでいるし、こうして考えると今までの寮の慣習を色々と打破しているんじゃなかろうか、などと思う薫子だった。





「これで完成っと」
「ちょっとばかり不格好ですけどね〜」


 薫子と陽向の掛け布団を炬燵に被せ、天板を乗せて重しにする。布団の大きさが違っているうえに布団カバーの色も違うので、確かに不格好ではあるだろう。

「でもほら、あたしのが白で陽向ちゃんのが淡いピンク、紅白っぽくて正月には良いんじゃない?」
「それはちょっと強引なんじゃないでしょうか。……ではスイッチを入れますよ〜。ぽちっとな」


 陽向が曖昧な笑いをしながら電源を繋げ、手元のスイッチを押して炬燵に火を入れた。掛け布団を捲ってちゃんと火が点いているのを確認してから、二人で炬燵に入る。
 元々部屋の空気が暖かいのもあってか、炬燵の中に入れた足は直ぐに温かくなった。

「やっぱり日本の冬は炬燵ですよね〜。聖應はこうして床に座る機会も稀ですから、由緒正しき中流家庭生まれの私はちょっと肩肘張っちゃいます」
「何を云ってるんだか。でもまあ、炬燵が良いものだってのは賛成だね」


 手と足を布団の中に入れて背中を丸める陽向。薫子も似たような恰好をして幸せそうな吐息を漏らす。先程食堂でぼうっとしていた時と違い、炬燵に入っている状態だと詰まらないと云う気分にはならなかった。

「何となく、物足りないような気がしませんか?」
「ん?」


 薫子が目を瞑って暖かさに浸っていると、向かいに座っている陽向が尋ねてきた。目を開けて炬燵の上を眺める。

「八人用の大きさなのに、上に何も乗ってないからじゃないかな。うちは炬燵が有ったのってお茶の間だったから、色々乗ってたしね」
「あ〜、分かります」


 こんな感じですかね? と云って陽向は横になると、肘を立てた腕を枕にして、空いた腕を炬燵の天板に乗せる。そのまま手探りで何かを探すような動きをした後、体を起こして「蜜柑取って〜」と云った。

「あははっ! 分かる分かる、そんな感じ!」
「テレビ見ながらゴロゴロしてるって云うのがお約束ですからね」


 体勢を元に戻して天板の上に顎を乗せた陽向が、部屋の中をぐるりと見まわしてから面白くなさそうに舌打ちをした。

「ちぇっ。蜜柑とかお菓子とか買っておけばよかったです」
「デザートは千早が用意してくれるから、お菓子を買いに行くことも少なくなったもんなぁ。まあ小遣いが減らなくて助かってはいるけれど」
「……ふと思ったんですが、それって千早お姉さまのお金は減っているってことなんですよね。材料費とか出してませんし」
「はっ、云われてみれば……も、もうちょっと千早に優しくしよう……」
「そ、そうですね……」


 今更になって気が付いた事実に二人が体を震わせていると、扉が軽くノックされた。
 今の時間に寮に居るのは二人を除けば香織理だけなので、「なんか戻ってきたよ」「なんでしょうね」とアイコンタクトした後で、陽向が扉を開けに向かった。

「は〜い、お待たせしました。やっぱり炬燵に興味有りですか〜?」
「あら、そんなこと云っているとコレをあげないわよ?」


 薫子が扉の方向を眺めていると、陽向の背中越しに香織理の手が高く上がったのが見えた。その手に有るのは特徴的な網袋とオレンジ色の玉、つまり蜜柑。

「なんとっ!? これぞ正しく姉妹の以心伝心です! ささ、お姉さまどうぞこちらに!」
「全く、調子良いんだから」


 香織理は陽向の頭を軽く小突くと、炬燵に入って蜜柑を天板に置いた。

「はい、差し入れ」
「いや、陽向ちゃんじゃないけれど、良く分かったね」
「薫子、朝ご飯を食べていないでしょう? いくら昨夜に食べたからって、そろそろ空くころだと思ってね」


 すっかり食いしん坊キャラにされている薫子は、言葉に詰まって顔を赤くした。まあそれでも、香織理が網袋から蜜柑を出して転がせば、陽向と一緒に手を伸ばすのだが。

「しかし香織理さん、よく蜜柑なんて持ってたね」
「今年の冬も特に出かける予定はないから。長い間居ないと果物も傷んじゃうけど、毎日食べるなら直ぐに無くなるしね」
「あ〜、それも良く分かりますね。蜜柑とかお餅とか、沢山買うと後で困るんですよね」


 ダンボールで蜜柑を買ったら底に近い方は腐っちゃっただの、気が付いたらお餅に黴が生えていただのと、ものを食べるときには不適切なことを云う陽向。すかさず香織理が腕を伸ばすと、陽向は口元を押えて炬燵の端に逃げて行った。

「いやあ、広い炬燵だと逃げるのに苦労しないですみますね。これが四人用だったりしたら逃げられないですが」
「あはは……でも、似たようなことは家にもあったよ。蜜柑の皮を剥くのが面倒臭いなんて理由で、折角買ったのを駄目にしちゃったとか」
「さ、流石にそれは横着すぎやしませんかね?」
「……云っとくけどあたしじゃないからね」


 薫子が目を細めると、香織理と陽向が視線を逸らした。その隙に二個目の蜜柑に手を伸ばす薫子。

「お餅と云えば、一昨年も去年も鏡開きの時ぐらいしか食べてないなあ。後は外に行ってお汁粉を食べるとか、それぐらいだ」
「そうね。それはやっぱり聖應だからとしか云えないわね」
「休みの日のお昼ご飯とかに、お餅を焼いたりしないんですか?」
「いや、そもそもお餅を買ったりしないから」
「はあ、そうなんですか。……でも、今年は千早お姉さまが居ることですし、リクエストすれば出てくるのではないでしょうか」


 ついさっきまで千早に優しくしようと云っていたのに、それを忘れたようにそんなことを云う陽向だった。薫子は千早がお餅を用意するところを想像しようとして、あまり良い絵が浮かばずに首を傾げる。

「いや、千早に頼むと『お餅のような何か』が出てくるんじゃないかなあ」
「どうかしら。料理のことに関しては色々と手間を掛けているから、案外つきたてのお餅とかを出してくるかもしれないわよ?」
「千早お姉さまが餅つきですか? ……それはちょっと想像出来ないというか」


 千早は男なりの体力と筋力が有るので餅つきぐらいは出来るだろうが、正体を隠す為に重たいものを持ったりすることが無い。
 千早の腕力を知るのは優雨を軽々と抱えたところを見た香織理や、自身が抱えられた薫子ぐらいのものだった。
 千早が実際に餅をつけるかどうかは後で話を聞くということになり、蜜柑も食べ終わった三人は手持無沙汰になる。

「これで炬燵が食堂に有れば、テレビも見れるんだけどね」
「部屋にテレビを持ち込むのは禁止、昔からある規則らしいわね。私も最初は持ってきたんだけど、結局処分しちゃったし」


 香織理はそう云うが、実際のところは持ってきてしまった、と云うのが正しい。母親が亡くなり寮に入ることになったとき、以前住んでいた場所の荷物を一纏めにして運んだからだ。
 もっとも、テレビを見ようにも部屋にはケーブルが引かれていない。電波の状況が悪いのか、室内アンテナなども役に立たないので纏めて処分したのだった。

「由香里お姉さまに聞いた話だけど、テレビは勿論、ちょっと前までは漫画とかも駄目だったのよ? 寮に住む人間が少なかったから、昔からの規則がそのまま残っていたんですって」
「うわあ、そんな頃に入寮せずに済んで良かったです……」
「あたしもだ……そんな生活は耐えられないよ」
「まあ、私は必要なかったけれど、今は色々と抜け道も有るのよね。そうでしょう、陽向?」
「ぎくうっ!?」


 陽向はわざとらしい驚き方をして身を竦めた。薫子や初音は電化製品にあまり頼らないので気にしていないのだろうが、別にテレビでなくても映像を見ることは出来るのだ。
 学業でPCを利用する機会が多くなり、改装によって寮の各部屋にもPC用のLANコネクタが用意されている。自前のPCは勿論こと、DVDプレイヤーも持っている陽向は、実はコッソリと一人で楽しんでいるのだった。

「ご、ご存知でしたか……?」
「ふふっ……お年頃の陽向ちゃんは、一人でコッソリ見るようなものに興味が有るのだものね?」
「そ、それ以上は云わんで下さい!」


 香織理の口を塞ごうと陽向が飛び掛かる。二人がどたばたと埃を立てているのを見ていた薫子は首を傾げていたが、やがて言葉の意味に気が付いて顔を赤くした。

「ひ、陽向ちゃんはそんなの見てるの……?」
「ふぇっ!? あ、いや、それは何と云いますかですね、高度に難しいお勉強と云いますか……」
「この子はまた、訳の分からないことを云って」
「云い出しっぺは香織理お姉さまでしょーが!」


 頬を膨らませた陽向が云い寄ると、香織理は喉の奥で小さく笑った。

「別にこのくらいの話は大したことないと思うのだけれど……初心な薫子には刺激が強かったかしらね?」
「むっ……そりゃあたしは香織理さんほど大人じゃありませんよ」
「あら、私だって最初から何でも知っていた訳じゃないわよ?」

 昨年の中途から寮に入ってきた香織理には直接的な姉は居ないのだが、薫子と奏がベッタリだったので由香里の妹のような扱いだった。
 その由香里は、彼女の姉である御門まりやから色々と教わったもののうち、無難な方を直系の初音に、ちょっとアレな方を香織理に話していったのだ。女子高ならではのアンダーグラウンドな話でも一応は伝統的なもの、由香里も途絶えさせるのは忍びなかったのかもしれない。
 もっとも、由香里がまりやから聞いた話のうち、果たしてどれだけの話が真実だったのか定かではないのだが。怪しげなおもちゃをお土産と称して手渡すような、そんな性格のまりやなのだから。

「全くもう、初音や優雨ちゃんがこんな話を聞いたら一大事だよ?」
「あら、これくらいのこと、女の子として知っておいた方が良いと思うのだけれど。ほら、実際にそういう状況になったときに困るでしょう?」
「香織理お姉さま、なんて大人な発言なんでしょう……じゃあ、私の勉強会も見逃す方向で一つ」
「……あんまりそういう話題を続けると、千早に云いつけるからね」


 薫子が冷たい目で二人を見る。千早は躾に関しては割と厳しいところが有る(飴と鞭を使い分けるとも云う)と知っている二人は口を噤んだ。初音は兎も角として、優雨に甘いところのある千早のことだ。猥談を聞いた優雨が妙な知識を得たと知ったりしたら、どれほど怒るか分かったものではない。

「はいはい、降参よ降参。……で、陽向。怖〜いお姉さんが見逃してくれるような、面白いのは無いの?」
「こ、この流れでそう来ますか、お姉さま……」
「もう直ぐお昼だし、それまでの時間潰しには丁度良いじゃない」
「うう……分かりました。でもでも、私がプレイヤーを持っているってことは内緒にしておいて下さいよ?」


 炬燵から出て、液晶モニター付きのポータブルDVDプレイヤーを用意する陽向。炬燵の上に並べられた映像ソフトの多さに呆れながら、香織理は口を尖らせていた薫子に笑いかけた。

「ま、これで少しは暇も潰せるってものよね」
「全く強引なんだから……」


 薫子はつい先程に暇だ寂しいと云っていた手前、香織理に強く出られない。これも家族の団欒みたいなものだよね、と無理矢理に自分を納得させるのだった。









「ねえ、千早はお餅ってつける?」

 その日の夜のお茶会で、唐突に尋ねられた千早は目を丸くした。

「急にどうしたんです。やってみたいんですか?」
「いや、そうじゃなくて。千早の細腕で豪快にぺったんぺったんしているところが想像出来ないから」
「何を云うかと思えば……そもそも、餅って力でつくものではないですよ。杵の重さでつくんです」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、炊飯器で餅米を普通に炊いて、擂鉢と擂粉木で丁寧に潰せばお餅になるんですが」


 ふ〜ん、と気の無い呟きを漏らす薫子。そう云えば、ケーキやクッキーなどは作っても、和菓子を作ったことは無かったかな、と千早は思う。

「ところで、薫子さんは何故お餅の話を?」
「ああ、ちょっと香織理さんや陽向ちゃんと、日本の冬の定番的な話をね」


 薫子は炬燵が届いてからの話を千早と史に説明する。勿論、口止めはされているのでPCやDVDの話は無しでだ。もっとも、陽向よりもPCなどに詳しい史は、薫子の会話の内容からある程度は察しているのだけが。

「なるほど、お餅のような何か、ですか。しかしそう云われると、思いっきり奇を衒うようなものを作りたくなりますね」
「……いや、無理しないでね? 千早の趣味なのは分かってるけど、食べるときに堅苦しくなっちゃうようなのは嫌だよ?」


 そして出来れば千早の懐が痛むような高級なものじゃない方が良い、と薫子は思う。口に出して云うと、自分も楽しんでいるから気にしないで、と返されるのが分かっているからだ。
 薫子は史に視線を向ける。ヘルプ、ヘルプ! と眉をピクピクさせて訴える薫子を見て、史はやや躊躇ってから千早に声を掛けた。

「……千早さま、明日は大掃除、その翌日は陽向さんが帰郷します。食材を用意する時間は取れないかと思いますが」
「そうだね、うん、つきたてのお餅で良いよ。色々な味が楽しめるようにトッピングを用意してさ」
「……そうですね。杵や臼を使わないなら、みんなで作れますからね」


 翌日、つきたて餅のトッピングとして用意された物は、定番の餡子やきな粉の他に、柚子味噌や胡桃味噌、ピザ用チーズや明太子マヨネーズなどが並んでいた。
 薫子と香織理は、千早の業の深さに乾いた笑いを漏らしたそうな。




**********

 作中の物ほどではないだろうけれど、陽向の部屋には炬燵が有ると思う。あと半纏。
 そして千早は料理に手を抜くことはない。


 

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