A-O-TAKEの隠し部屋

アクセスカウンタ

zoom RSS 外伝的なお話6

<<   作成日時 : 2014/03/07 23:46   >>

トラックバック 0 / コメント 0

 三月に入っても寒い日が続きますね。今日は雪も降りましたし……。

 そんなわけで、イチャイチャするお話を。

**********


「うう〜っ、今日は寒いねぇ」

 卒業の日も近付いた二月の終わり。放課後になって校舎を出た薫子と千早は、時折吹く北風に体を震わせながら、寮への道を歩いていた。

「この桜並木に蕾が見えるようになれば、春が来たかと思えますけどね」
「梅はちらちら見るけど、桜はまだ早いよね」


 東京の内陸部に位置する聖應女学院では、まだ春は先のようだった。呟くように喋る二人の口から出た息が、白く濁ってから消えていく。

「早く寮の中に入ろうよ」
「わっ……もう、危ないですよ?」


 薫子は蕾を探すようにのんびり歩いている千早の後ろに回ると、その背中を押して寮への道を急かす。
 千早はそんな薫子に苦笑しながらも、背を押す力に従って寮へと向かう小道を曲がった。横に並んできた薫子と共に僅かな距離を歩き、寮の玄関に辿り着く。
 千早がさり気ない気遣いで扉を開けると、薫子は手を顔の前で振って礼をしてから中に入った。

「たっだいま〜っと……んん?」
「ただいま帰りました。……どうかしましたか?」


 薫子に続いて寮の中に入った千早は、靴を脱がずに首を傾げている薫子に声を掛けた。薫子は両手で二の腕を摩るような動作をしながら千早の方に振り返ると、眉を寄せて千早に答えた。

「……なんか、暖房止まってない?」

 ほら、と唇を丸めてほぅと息を吐くと、吐かれた息が外と同じように白くなった。寮の廊下は各部屋のように暖かくはないが、それでも外気と同じほどではない。
 靴を脱いで廊下に上がった千早がコートを脱ぐと、確かに空気がひんやりとしていた。

「まだ誰も帰ってきていないのかな?」
「いえ、それでも寮母さんが夕食の準備の為にいらっしゃっている筈ですから」
「あ、そっか」


 寮の暖房はセントラルヒーティングで、大型の電気ボイラーで温めた湯をパイプに流し、全館を温めるものだ。スイッチを押せば直ぐに温まると云うようなものではないので、冬場では最初に寮に戻った人が点けるのがお約束だった。
 ともあれ、まだ火が付いていないのなら自分たちが点けなければいけない。千早は廊下の奥にあるボイラー室へと足を向ける。すると、タイミング良く廊下の途中にある食堂の扉が開き、中から史が姿を見せた。

「あら、史。帰っていたの」
「千早お姉さま……薫子お姉さまも、お帰りなさいませ」
「ただいま史ちゃん。……あれ、なにそれ?」


 千早たちに向き直って頭を下げる史。その史の手に下げられた金属製の箱を見て、薫子が声を上げた。

「工具箱ですが」
「ああ、いや……そうじゃなくてさ」
「……史、どこか修理する場所でもあるの?」


 薫子の言葉を継いで千早が史へと尋ねる。この一年を通じて史が機械設備に詳しいことを知った千早たちは、その腕を活かして何かしていたのではないかと思ったのだ。
 そして、それを口にしたことで千早の脳裏に閃くものがあった。人が居るのに暖房が付いていない理由、それは――

「残念ですが史の手には負えないものでした。今、寮母さんにお話をして、業者を呼ぶようにお願いしてきたところです」
「えっ? なに、どう云うこと?」
「史、主語が抜けていますよ……つまり、ボイラーが壊れてしまったのね?」


 千早の言葉に史が頷く。それなりに機械に強いと云っても、史はまだ資格を持っていない素人だ。ボイラーを修理するなど出来るわけがない。
 つまり、業者が修理に来るまで暖房は使えないということで。そのことに思い至った薫子は、思わず大声を上げてしまっていた。

「う、そ……でしょ!?」





 時は変わって夕食前。食堂では薫子たちがのんびりとテレビを見ていた。寒い部屋に居るよりは、人数の多い食堂に居た方が気分的に寒くないからと云う理由だった。
 気を利かせた初音が、史と共に大きくて重たそうなオイルヒーターを持ってくると、壁の傍に置いてコンセントに繋いだ。

「あれ、そんなの有ったっけ?」
「客室用ので普段は使わないものですから、ちょっと倉庫で埃を被ってましたけどね」
「業者の点検は済んでいるようですから、使用には問題ありません」


 構造上、ストーブのように直ぐに部屋が暖まると云うものではないが、寮では火災防止の為に石油ストーブは使われておらず、補助的な暖房器具しか用意されていないのだった。

「さて、みんな揃ってますね。それでは、夕食の前に連絡事項が一つありますので、聞いて下さい」

 食卓に着いた寮生を前に、初音はこほんと軽く咳払いをして言葉を続ける。

「みんな、もう知っていると思いますが……暖房用のボイラーが壊れました。寮母さんが業者さんに連絡したところ、点検に来られるのは早くても明日の昼になるそうです」

 昼と云う言葉を聞いて肩を落とす一同。折しもテレビのニュースでは『太平洋上を低気圧が発達しながら通過して――』などと天気予報の解説が流れていた。

「……初音ぇ。なんか、明日は真冬並みの寒さだってやってるんだけど」
「そ、そんなこと云われても、私のせいじゃありませんから……」


 テレビを指さしながら云う薫子に、どうしようもないですからと首を振る初音。
 そんな二人の間に割り込むように、陽向が質問の為に手を挙げた。

「初音お姉さま、明日の昼になれば必ず直ると云うものなのでしょうか?」
「えっ? え〜と……私は詳しく分からないのだけど……史ちゃん、分かる?」


 実際にボイラーの様子を見た史が、首を傾げながら言葉を探す。

「外から見える場所に異常は有りませんでしたが、何分ボイラーそのものが古いので……部品を取り寄せて修理と云うことになるかもしれません。その場合は当日に直ることはないかと思います」
「そうなると、明日は土曜日ですから、日曜日は休日でお仕事無し……直るのは月曜日ですね」
「うわあ……週末は寒いままですかぁ……」


 陽向ががっくりと肩を落とした。それは寮生一同の内心でもあった。

「まあ、お風呂のボイラーが壊れるよりはマシだと思っておきましょうか。女の子としては、お風呂に入れない方が問題だと思うし」
「そうだね。みんなで銭湯に行きましょうとかって話になったら大変だもんね」


 香織理と薫子が意味あり気な目で千早を見ながらそんなことを云うので、千早は苦笑するしかない。実際、そんなことになったらなんとか云い訳して逃げるしかないので、千早としては助かったとも云える。
 千早は話を変えるために初音の方をちらっと見てから、全員に言い含めるように口を開いた。

「今日明日はお風呂に入った後、湯冷めしないように早めに寝てしまうのが良さそうですね」
「そうですね。みんなも風邪引かないように、早く休んで下さいね」


 千早の目配せを受けた初音が、云い聞かせるように言葉を繋いだ。しかし、薫子と陽向は初音の言葉に眉を寄せて、深々と溜息を吐く。

「初音はいつも通りだから良いだろうけれど、宵っ張りのあたしたちには大問題だよね〜陽向ちゃん」
「ですよねえ〜」
「もう、二人ともそんなこと云って……風邪を引いても知りませんからね?」
「大丈夫よ、初音。ナントカは風邪引かないって云うじゃない」
「ちょっとそれどういう意味!?」


 香織理の言葉に反応した薫子が、口を尖らせて文句を云う。部屋が寒いこと以外は、概ねいつもの通りの風景だった。







「寒い……トイレの中も寒い」

 用を足してトイレから出た薫子は、体を震わせながら呟いた。暖房機能の付いた温水便座であっても空気が冷えていては大して意味は無い。当たり前と云えば当たり前だが、上半身の方が寒くなるのだから。

「折角お風呂に入ったのに、すっかり冷えちゃったよ……」

 両手を擦り合わせて手を温める薫子は、せめて体の中だけでも温めようと食堂へ足を向けた。電気ポットの湯でも飲めば一息吐けるだろうと云うことだ。
 直ぐ傍にある食堂の扉を開けて、既にオイルヒーターが切られていることを残念に思いながら厨房に足を向ける。すると、そこには既に先客が居た。

「あれ、史ちゃん」
「薫子お姉さま。……お茶の催促でしょうか」


 史に問われて壁掛け時計に目を向けた薫子は、夜のお茶の時間が迫っていることに気が付いた。どうやら風呂とトイレでのんびりし過ぎていたらしい。

「ああ、いや。お湯でも飲もうと思ったんだけどね。お茶の用意をしてくれてるなら、あたしは先に千早の部屋に行ってるよ」
「かしこまりました」


 薫子は手を振って史と別れると千早の部屋へと向かう。冷え切った廊下と階段がスリッパ越しに薫子の足を冷やした。
 なんとなく爪先立ちになりながら歩くうちに千早の部屋に辿り着き、軽くノックをして声を掛ける。

「ちっはやさ〜ん、お茶しに来ましたよ〜」
「……何ですか、その変な云い方は」


 呆れた声と共に扉を開けた千早は、薫子を部屋の中へと導いた。少女趣味をしたピンク色の部屋の中、勉強机の傍に小さな電気ストーブが置かれている。
 薫子は跳ねるようにしてストーブの前に行くと、腰を下ろして両手を翳した。

「千早の部屋はストーブ有ったんだね。あ〜、あったか〜い」
「薫子さんの部屋には無いんですか?」
「うん。寮の暖房だけで十分だもん。確か香織理さんも持ってなかったかな」
「なんなら、持って帰りますか?」


 薫子は千早の言葉に首を振った。どうせ部屋に帰った後は寝るだけなのだが、ストーブを点けたままで寝るのは危険だ。電気ストーブ自体も部屋全体を暖めるほどの力は無いし借りていっても使い処が無い。
 しゃがみこんでいる薫子の傍に寄った千早は、熱で対流する空気の中に柔らかい匂いが混じっているのに気が付いた。

「薫子さん、お風呂の後ですか?」
「え? うん、そうだけど」
「もう……ほんとに湯冷めしてしまいますよ?」
「あ……」


 千早はそう云うと、自分が羽織っていた大きめのショールを薫子の肩に掛けた。
 薫子は千早の体温で温まったショールをシャツ越しに感じ、少し冷たくなっている千早の手が首筋を擽ったことで身を竦める。顔が電気ストーブの赤外線を浴びたように赤くなった。

「い、いいよ千早。これじゃ千早が寒くなっちゃうでしょ」
「薫子さんが風邪を引くよりはマシですよ」
「千早が風邪を引いちゃうでしょうが。あたしは……ああ、ベッド借りるね?」


 さらりとした気遣いに照れる薫子は、動揺しながら素早く部屋を見回してベッドに目を止めると、ショールを千早に返してベッドの上に乗った。
 そのまま毛布と布団を持ち上げると肩から羽織り、体の前で合わせる。

「ほら、これで大丈夫だから」
「いや、それはそうかもしれませんが……」


 折り紙の女雛みたいになった薫子を見て、千早は口籠った。薫子が焦って奇行に出たのが分かったからだ。
 落ち着いてきた薫子は、自分の格好を顧みて内心で頭を抱えた。テンパっての行動とはいえ、今の方が余程恥ずかしいと気が付いたからだ。
 寝具に残る千早の匂いを吸い込んでしまい、薫子は恥ずかしさで首を竦める。口元まで毛布と布団に埋もれてしまって匂いを防ぐには逆効果なのだが、呆れた様子の千早を正面から見るのが怖くて、顔を半分隠したまま上目使いで見上げる。

「……っ」
「……?」


 千早が顔を手で隠すのを見て、薫子は首を傾げた。

「千早お姉さま、お茶をお持ちいたしました」

 妙な沈黙が暫く続いた後、史の控え目なノックの音によって我に返った二人。千早が史を迎える為に扉を開けに行くのに合わせ、薫子はもそもそと布団から出てベッドの端に腰掛け直した。体は十分に温まっていた。



 体の中からじわりと温まる紅茶を飲んで、千早は軽く息を吐いた。室温が低い為、紅茶で温められた息が白く浮かぶ。

「改めて思いますけれど、この寮は暖房が無いと随分と寒いですよね」

 千早は話題としては微妙なところかなと思いつつも、黙って紅茶を飲んでいる薫子のことが気になって口を開いた。手を温めるように両手でカップを持っていた薫子は、紅茶に息を吹きかけながら返事をした。

「そりゃあまあ、広いからね。別に古臭いからって隙間風が入ってくるとか、そんなことは無いと思うけどさ」
「二階はまだ暖かい方ではないでしょうか。一階は随分と冷えているように感じました」
「そうだね。……そう云えば、史の部屋は寒くないの?」


 パソコンやらなんやらの機械が並ぶ、良く云えば機能的な史の部屋を思い浮かべる千早。機械を冷却する必要があるからと夏場は冷房を利かせていたが、冬場はどうなのだろうと考える。

「問題ありません。寒い時は使用中のノートPCを膝の上に置いておりますので」
「そ、そう……低温火傷しないようにね?」


 史は軽く首を傾げた後、何でもないことのように答える。微妙にずれた答えに引き攣った千早は愛想笑いをして誤魔化した。
 機械のことについて疎い薫子は、どの辺りが問題なのかいまいち分からないような顔をしていた。

「ところで、一階が寒いって云ってたけどさ、優雨ちゃんは大丈夫なのかな?」
「そう云えばそうですね。一階は優雨だけだし、何かあったら……」
「いえ、優雨さんなら、今日は初音お姉さまとお休みになると仰っていました」
「あ、そうなんだ。……それってさ、優雨ちゃんよりも初音の方が喜びそうだよね」


 薫子はその光景を思い浮かべてにんまりと笑う。確かに、千早もその光景を想像するのは簡単だった。今頃は仲良くベッドに入り、初音が優雨を抱きしめているだろう。

「優雨ちゃんは体温高そうだもんね〜」
「ふふっ。薫子さん、羨ましそうな顔をしてますよ」
「そりゃあ勿論。……ねえ史ちゃん、あたしたちも一緒に寝ない?」


 薫子が何気なく聞いた言葉に、史は暫く考え込んだ後、珍しく表情を変えて小声で云った。

「あの……史はお邪魔かと思いますので……」

 遠慮するように手を前で振って反対する史に、意味が分からなくて首を傾げる薫子。史がちらちらと千早の方を見ているのに気が付くと、その意味が分かって一気に顔が赤くなった。

「あっ!? ち、違うよ!? 別に三人で寝ようってことじゃなくて、史ちゃんと二人でだよ!?」
「そうなのですか?」
「そうだよ! 大体、千早と二人だったら逆に風邪を引いちゃう――」


 薫子は、余計なことまで口走ったと慌てて言葉を止める。そろそろと、窺うように千早の方を向いて……ニタリ、と笑っている千早の顔を見て言葉にならない悲鳴を漏らした。

「か・お・る・こ・さん。どうして僕と二人だと風邪を引いてしまうんですか?」
「うっ、いやその」
「一体、何を想像していたんですかね? 教えて下さいよ」
「そっ……そんなこと云える訳ないじゃん! 千早のエッチ! スケベ!」


 にやにやと意地悪に笑いながら詰め寄ってくる千早。
 恥ずかしさで涙目になった薫子は、残っていた紅茶を一気に煽ると素早く立ち上がって盆の上にカップを置き、戸惑っている史の手を取って部屋の外へと逃げ出そうとした。

「あっ、薫子お姉さま、後片付けが……」
「そんなの千早にやらせなさい! 姉の命令!」
「あ、あう……」


 薫子に引き摺られた史は、申し訳なさそうに千早の方を向きながら、それでも薫子の力に逆らえずに部屋の外へと出ていってしまった。
 部屋の扉が閉まり、その場に残されたのは二人分のカップとティーポット、そして千早。 静かになった部屋の中で千早は小さく呟いた。

「やれやれ……自制の利くうちに逃げ出してくれて良かった。今日の薫子さんは誘い過ぎですよ……無意識なんでしょうけど……」

 茶の後片付けをしながらも、ああでもこの悶々とした気分はどうしようか、などと口に出さずに悩む千早だった。





 薫子は史を引き摺って自分の部屋まで戻ると、史を後ろから抱きかかえるようにしてベッドに腰を下ろした。
 開いた足の間に史が納まる形で座っていて、史は薫子に抱き締められるまま、背中を預ける状態になっている。
 因みに持ってきてしまったカップとソーサーは、薫子の机の上に避難していた。

「まったくもう! ホントにもう! 千早ってば!」
「あのう、薫子お姉さま、そろそろお放し頂けると助かるのですが……」


 史はぷりぷりと文句を云う薫子を宥めるように、体の前に回されている薫子の腕を軽く叩く。それでも薫子は手を離さず、逆に史に問い掛けた。

「史ちゃんはどうなのよ。あんなことを云う千早ってのは」
「……はあ、どうと云われましても。実際のところ、史があの場に居なければ、薫子お姉さまは千早さまに押し切られていたと思うのですが」
「む……」


 薫子は言葉に詰まって、それを想像してみた。
 確かに状況が色々と拙かったので、千早に言質を取られた挙句にそうなったかもしれない。薫子は割と押しに弱い方なので、千早の誘いを断れるとも思えない。
 顔を赤らめた薫子だが、しかし、史が平然と千早と薫子の仲に関して突っ込んできたことに疑問を持った。

「……史ちゃんとしては、その……あたしと千早がそういうことをするのは……認められるものなの?」
「む、難しい質問をなさいますね」


 薫子の手から力が抜ける。しかし史はその場を動こうとせず、言葉を探す頼りにするように薫子の手を取った。

「史は、薫子お姉さまのような方が千早さまを支えて下さるのであれば、とても安心できるのですが」
「でもさ……史ちゃん、千早のこと好きでしょ?」
「それは、はい、千早さまは敬愛するご主人様ですが」
「ん、いや、そう云うことじゃなくて」


 両手を取られている薫子は、頭を掻く代わりに顎を史の頭に乗せてグリグリと動かす。意味が通じていない筈はないのに誤魔化している史に対する抗議のようなものだ。

「史は大婆さまから『滅私奉公せよ』と云いつかっております。史も、そう在るべきだと思っております」
「それは……難しいね」
「……はい。難しいです」


 薫子の言葉に頷いた史は、握っていた手を放してそっと立ち上がった。机の上にあるカップとソーサーを持つと、薫子に向かって軽く頭を下げる。

「史は就寝の準備をしてまいりますので、薫子お姉さまは先にお休みになっていて下さい」
「ん、一緒に寝てくれるの?」
「はい」
「あはっ。それじゃ、ベッドを温めて待ってるね!」


 薫子はベッドに転がって布団を被ると、笑いながら史の寝るスペースをポンポンと叩いた。

「……そう云ったことをこそ、千早さまに仰れば宜しいのではないかと思うのですが」

 溜息交じりに呟いた聞こえたのか、薫子が顔を赤くする。史はそんな薫子を見て小さく笑いながら、文句を云われる前に薫子の部屋から逃げ出した。





 一方その頃、千早は史が置いていった茶の道具を片付ける為に一階に降りてきていた。不思議なことにオイルヒーターのスイッチが入っており、食堂は仄かに暖かい。一息吐くには丁度良いかもしれないが、少々逆上せてしまった頭を冷ますのには向いていないかもしれない。
 事実、千早はさっきまでの薫子の様子を思い出して、頬を緩ませながらカップやソーサーを洗っていた。

「あら? 誰か居るのかしら?」

 千早が食器を手早く洗い終えた頃、食堂の扉が開く音がと共に香織理の声が聞こえてきた。タオルで手を拭いてから食堂に向かうと、風呂上がりと思しき香織理と陽向が厨房の方を窺っていた。

「あら、千早だったのね。珍しい」
「香織理さんたちはお風呂上がりですか?」
「はい。部屋が寒いので今日はこっちでお茶をしようと思いましてですね〜」
「なるほど、ヒーターのスイッチを入れておいたのはお二人ですか」
「お風呂の間に十分暖まってくれて良かったです」


 陽向はそう答えつつ、準備の為に厨房に入っていく。千早は陽向を見送ってから、何か云いたそうにしている香織理に近づいた。

「どうかしましたか?」
「いえ、今日は何で史ちゃんじゃないのかなって思っただけよ」
「ああ、そのことですか……実は薫子さんに史を取られてしまって」


 千早が指で頬を掻きながらそう答えると、香織理は唇に指を当ててから意地悪そうに笑った。

「さてはまた、薫子に意地悪なことをしたんでしょう?」
「ええ、ちょっとからかい過ぎました。……ところで香織理さん」
「あら、そちらからも質問かしら。なあに?」
「いえ……普通のパジャマもお持ちだったんですね」


 千早は椅子を引いて腰掛けた香織理を見ながら、そんなことを口にした。いつもはシャツ一枚を羽織っているだけなのに、今日は普通のパジャマを着ていたからだ。微妙にサイズが合っていないのか、胸の部分だけはいつものように激しい自己主張をしているが。
 香織理は千早の視線に納得がいくと、わざと胸元部分を引っ張りながら種明かしをする。

「ああ、これのこと? これはね、去年の修学旅行の時に使ったものなのよ。今日は流石に、いつもの格好では寒いから」
「修学旅行ですか、なるほど……」


 千早が納得して頷いていると、二人の声が聞こえたのか、厨房の方から陽向の笑い声が聞こえてきた。

「あははっ、やっぱり千早お姉さまも驚いてますね! 私としましては、姉が見知らぬ人の前でも例の格好をするような痴女っぽい人じゃなくて安心しているところですが!」
「……さて。私はあの子をお仕置きしに行くから」
「お、お手柔らかに……」


 口元を引き攣らせた香織理が席を立つ。千早が香織理の進む道を開けるように脇に避けると、香織理は素早くその耳元に囁いた。

「イチャイチャするのは良いけれど、あんまり薫子が拗ねるようなことをしちゃ駄目よ?」
「……まあ、そうしたいのは勿論ですが、薫子さんが可愛いもので」
「はいはい惚気惚気」


 香織理は呆れて顔を背けると、さっさと出ていけと云わんばかりに手を振って千早を追い出しに掛かる。千早はそれに逆らわず、素直に自分の部屋へと戻っていった。陽向の悲鳴は聞こえなかった。

 数分後、史が食器を片付けに食堂に降りてくると、頬を真っ赤にした陽向が香織理の前で身悶えていたそうな。







 翌朝。
 早起きの史が起床するのにあわせて目が覚めた薫子は、ベッドから出てパジャマを整えている史を見て、のっそりした動きで体を起こした。

「……寒い」

 そして、直ぐに横になって布団を被り直した。
 時間は朝の五時。部屋の気温はおおよそ5度。薫子が起きて活動するには条件が悪過ぎた。

「お早うございます、薫子お姉さま。史は朝食前の仕事をしてまいります」
「うん……あたしはもうちょっと寝る……」
「はい。お食事の時間になりましたら、お呼びいたします」
「うん……寒いから気を付けてね……」
「ありがとうございます」


 薫子は既に目を閉じていたが、史は丁寧に頭を下げてから部屋を後にした。
 部屋の中でも白い息が出そうな寒さの中、史は自分の部屋に戻って身支度を済ませると、先ずは脱衣場を目指す。
 洗顔をして髪を整え、歯を磨いてから簡単な化粧をする。御門家の侍女たるもの、乾いた唇や荒れた肌などは見せられないのである。
 そうして化粧を済ませてから、侍女の証しであるホワイトブリムをセットする。

「ばっちりです」


 鏡に映る表情を確認し、ぐっと拳を握って気合を入れる。仕事の開始である。
 先ずは浴室の扉を開けて中を確認。異常がないのを確認すると食堂へ向かい、早起きする人の為に薬缶に火を掛け、暖房が機能していないのでオイルヒーターのスイッチを入れる。
 空気の乾燥を防ぐ為にスチーム式の加湿器のスイッチを入れた後は、固く絞った布巾で食卓を拭いたり、温度差によって結露した窓ガラスの水分を拭いたり。
 やがて薬缶が甲高い音を鳴らす頃になって、史の次に早起きな千早が食堂に現れた。

「史、お早うございます」
「お早うございます、千早お姉さま」
「今日は朝から寒いですし、温かいココアにしましょうか」
「はい、宜しくお願いします」

 千早は厨房に入ると、ココアパウダーと黒砂糖などで作った特製のペーストを冷蔵庫から取り出し、史の分も含めて小鍋に分けると薬缶の湯で溶かす。冷めた分を軽く温め直し、カップに移してから食堂へと戻った。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「……ところで史。昨夜はあれから、薫子さんとどんなお話をしたの?」


 カップに息を吹き掛けて冷ましている史を見ながら、千早は昨晩から気になっていることを尋ねた。
 愛想笑いをするような微妙な表情で史の様子を窺う千早に対し、史は温かいココアにゆっくりと口を付けてその甘さを口の中で転がしてから、千早に対して真顔で答える。

「申し訳ございません。ガールズトークですのでお答えしかねます」
「え……ふ、史?」
「内緒、でございます」
「……そ、そう……」


 千早は史に話の内容を秘密にされたことに若干のショックを感じ、言葉に詰まる。滅私奉公と云いつつも、この一年で強かな成長をした史だった。







 時は変わって昼過ぎ。
 心配していたボイラーの修理は無事に終わり、薫子は千早の部屋で午後の紅茶を楽しんでいた。

「はあ……大分暖まってきたね。文明の利器万歳!」
「ふふっ、流石にそれは大袈裟ですよ」


 おやつとして作ったクッキーを頬張りながらだらけた顔をする薫子。二度寝して食べ損ねた朝食分のカロリーを補給する勢いで口を動かす。
 ちょっと前にお昼を食べたのになあ、と千早は考えているのだが、薫子が幸せそうな顔をしているので指摘するのは止めておいた。
 因みに直径三センチほどのチョコチップクッキー、一枚当たり15キロカロリー。何枚食べたかは薫子の名誉の為に伏せておく。

「でもさあ、実際のところ、寒いと何かをする気力が無くなるよね。動きたくないでござる、みたいな」
「そうですね。確かに物事が億劫になってしまうのは分かります。だからって、お昼前まで寝ているのはどうかと思いますけどね?」
「うっ……だって、寒くて眠れなかったんだもん。史ちゃんだって遅くまで起きてたのに、どうして平気でいられるのかな〜」
「まあ、史の場合は慣れだと思いますけどね。ちょっと意外ですけれど、徹夜でゲームをしていた、なんてこともあったみたいですし」
「えっ、それホント?」


 知られざる一面だ、と薫子が慄いた。寮での史の部屋は一般的な女の子の部屋と大差無いが、御門家にある史の自室を覗いたことのある千早は、実は陽向と同程度のゲーム好きであることを知っている。

「ところで薫子さん、ちょっと聞きたいんですが」
「ん〜?」
「朝、史に質問したんですが、はぐらかされてしまったんですよね。昨夜薫子さんと何を話したのか」
「……千早のヘンタイ。女同士の秘密だよ」


 薫子はそっぽを向いて唇を尖らせた。しかし史とは違って頬に赤みが差しているので、ある意味分かり易い。

「やれやれ……昨夜から、随分と酷いことを云われているような気がするんですが。……仕方がありませんね。これはお預けです」

 千早は薫子の傍に置いてあったクッキーの皿をヒョイと取り上げる。あっ、と叫んだ薫子は手を伸ばして皿を取り返そうとするが千早は巧みに手を動かして背中に隠してしまった。
 薫子は身を乗り出して千早の背中側に手を回すが、その体勢が自分から千早に抱き付いているような格好になっているのに気が付いて、顔を赤らめながら椅子に腰掛け直す。
 空気を誤魔化すように咳払いをしてから、机の上にある自分のカップに手を伸ばして、ゆっくりと啜った。

「もう……意地悪」
「この程度で意地悪だなんて心外ですね。僕としては、優しくしている心算なんですが」
「ふんだ。ふ〜んだ。もうちょっと分かり易い優しさにしてよね」
「……こんな風に?」


 口元も笑みを浮かべた千早が立ち上がって薫子に近付く。そして拗ねるように唇を尖らせている薫子にクッキーの皿を渡した。
 えっ? と声を上げる薫子は、右手にカップ、左手にクッキーの皿を持ったまま、千早の顔が近付いてくるのを――





「……両手を塞いでおいてってのは、卑怯じゃないかな」
「さあ? 僕は意地悪だそうですから」





**********

 なんか尻切れトンボ。
 初音と優雨の成分が足りない……。

 ちなみに史がゲーマー設定になっているのは、PSP版夏休みの一幕で、このゲームを知っているのは陽向と史だけ、みたいな説明文が有ったから。






テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

外伝的なお話6 A-O-TAKEの隠し部屋/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる